勝手に離婚届出すとは

 彼女(43)の夫(47)は9年前、商社を辞めて輸入衣料の販売会社を立ち上げた。3年前から安定し始めたが、独立して以来、夫はいつも金に左右され、彼女とひとり娘(12)に対する思いやりが感じられなくなった。

 彼女は夫の苦労を理解しようとしつつも、日ごと距離が開いていくのを感じていた。家の中のささいなことでも激しくぶつかるようになり、彼女は話し合う努力をした。

 ある夜のことだ。「お前が悪い! おまえがしっかりしていれば問題ないんだ」。一方的に彼女を批判する彼に、彼女は言った。「これだけ話してわかってもらえないなら無理ね。何も要らないから判を押して」。用意していた離婚届に署名、押印した。

 「よーし、わかった。おれが明日出すから」。彼は彼女の前で署名、押印し、届け出用紙を持って出て行った。

 彼女はその場ではスッキリしたが、数時間後、ちょっと早まったと思い直した。今後の生活の十分な準備ができていない。14年連れ添った夫と別れるのが本当にいいのか、迷いがなくもなかった。

 その夜、彼女は市役所に勤めている同級生に電話した。「離婚届に判を押しちゃった。明日役所に出るかもしれないけど、受け取らないようにしてもらえない」「わかったわ。私は係が違うけど、担当者に朝一番で伝えるわ」

 彼女は夫の携帯にも連絡しようと思ったが、すぐに撤回するのもしゃくに思われ、結局かけられなかった。

 翌日、彼女は再び夫と話し合った。彼も少し歩み寄り、3カ月様子をみて、双方が納得できなければ離婚届を出すと合意した。だが、何かの拍子に金の話題になると彼は再び彼女を激しくののしった。数日後、離婚届が役所に出されたことを彼女は知った。

 「私はまだ、踏ん切りがつかないのに」。彼女は沈痛な表情を浮かべたままでいる。

 
 
無効だが手続きは有効扱い

 

 離婚届は、届け出の際に離婚意思が認められないと無効である。

 このケースでは2人は自ら署名押印し、いったん離婚を承諾したことがうかがえる。しかし、その直後に彼女は役所の職員に不受理を頼んでおり、離婚を承諾 しない意向になっていたと認められ、この離婚届は無効といえる。離婚届の不受理申し出制度もあり、彼女がこれを利用していたら、6カ月間離婚届が受理され ずに済んだはずだ。

 もっとも、一度届け出があると、手続き上離婚は有効と扱われるので、家庭裁判所に離婚無効確認の調停を申し立てるか、夫が同意しないた めに調停不成立の場合は、離婚無効の訴訟を提起し無効の確認判決を得る必要がある。彼女もまずは離婚無効確認の調停を検討することになろう。

 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里