保険金が生む兄妹の溝

彼女(50)は都内のブティックに勤め、独身。1年前に父を、半年前に母を相次いで病気で亡くした。相続人は兄3人と彼女の計4人。長兄(56)は鉄鋼マン、次兄(54)は銀行マンだが、三番目の兄(52)がメーカーで最近リストラにあった。

 両親にはあまり現金がなかったが、不動産をいくつか所有していたので、母の死の直後それを4人で分け合った。評価額に換算して長兄が約1250万円、次兄が1230万円、三兄が1200万円、彼女が1190万円だった。

 ところが、これら遺産分割の話し合いが一段落してから、母が、受取人を彼女にした死亡保険金550万円の養老保険を掛けていたことがわかった。

 「お袋がお前に掛けたんだから、お前のものだろう」。4人が集まった席で、長兄が言った。「でも、ちょっと不公平じゃないか。相続財産として分けるべきでは」。彼女の隣に座る三兄が身を乗り出して言った。

 1分ほどの沈黙の後、次兄がポツリと言った。「おれも最近職場がきついし。明日にもどうなるかわからない」

 「妹のことも考えてやらないと。ここ数年よくやってきてくれたし」。弟2人の意外な反応に長兄は困った表情をした。

 4人が集まった実家は、10年前彼女が両親と一緒に暮らすために増築した。そして、晩年認知症になった父を母が介護するのを、彼女は手伝ってきた。男兄 弟は都内に暮らしながら、両親の世話を事実上彼女に任せてきたので、長兄は母が彼女に保険金を残していたのも理解できる気がした。しかし、厳しい現実に直 面していた2人の男たちの、100万円ちょっととはいえ、お金に対する執着は思いのほか頑強だった。

 この半年、彼女は胸が締めつけられる痛みを感じ続けている。

 
 
遺産でないため受け取れる

 

 共同相続人の1人を受取人とする死亡保険金は、その請求権を受取人が固有の権利として持つので、相続財産には属さないとされる。ただ、被相続人が保険料を支払ったものなので、経済的な特別受益として相続財産に加えられるべきではないか、としばしば問題となる。

 保険金額、その遺産総額に対する比率、各相続人の生活実態などの事情を総合的に考慮し、受取人と他の相続人に生じる不公平が著しい場合などは、相続財産とすることもありえよう。

 このケースでは、三兄が生活に困窮していないならば、彼女が長年にわたり父の介護をする母の手伝いを一身に背負ってきたこと、保険金も高額でないことから、彼女が受け取るのは当然と考えられる。

 
  筆者:角田圭子、籔本亜里