離婚で贈与を帳消し?

彼女(51)は、28年間連れ添った夫(53)との離婚騒動の渦中にあった。

 夫は大学時代の合唱部の2年先輩で、部員からは将来結婚間違いなしと思われるほど仲がよく、実際、社会人になるとすぐ結婚。商社マンとして国内外を忙しく飛び回る彼を彼女は支え続けた。

 ところが8年ほど前、彼が「出張」と言いながら会社の女性と遊んでいたことが発覚した。合唱部の懇親会で、彼と同じ商社に入社していた同期から、彼の浮気話を聞いてしまったのだ。

 「私はあなたのために一生懸命やってきたのに、いったいどういうこと?」。突然の彼女の攻撃に、彼は明らかにあわてた。「そんなのデタラメ、デタラメ」

 彼はその場を何とか繕ったが、その後彼女が様々な証拠を集め回り、親や親類に「すぐに離婚したい」と本気でふれ回ると、降参した。

 「お前のことを一番大切に思っている。信じてくれ」「だったら証拠は?」。こんなやり取りの末、ろくに口もきかなくなっていた彼女に対し、彼は亡父から相続していた土地を贈与すると言った。

 「広くはないが、もしもおれに何かあってもお前の将来の糧になるだろう」。彼は贈与の覚書を作って彼女に示した。彼女も、覚書まで見せられてちょっと安心し、移転登記はそのうちにと思いつつ、そのままになった。

 その後、しばらくは平穏を保ったが、再び彼の浮気が表面化し、さらに将来の人生観の違いが2人の間に埋めがたい溝を作った。離婚が避けがたいと思った彼女は、彼に言った。「離婚してもあの覚書は守ってね。登記を移してちょうだい」

 すると彼は、冷ややかな目を彼女に向けた。「あんなもん、チャラに決まっているだろ!」

 彼女は、彼の背中をくやしさいっぱいに一発たたいた。

 
 
関係破局なら取り消せない

 

 民法では、夫婦間の契約は、婚姻中、いつでも一方から取り消すことができると規定されている。夫婦間の契約の実現は、当事者の愛情や道義によるべきであって、これに法的拘束力を持たせるのは妥当ではないというのが趣旨とされる。

 では、このケースのように、契約が交わされた時点で夫婦関係は破局しておらず、その後壊れた場合は取り消すことができるだろうか。

 夫婦間の契約を取り消すことができる「婚姻中」とは、形式的にも実質的にも婚姻が継続している状態をいう。婚姻が実質的に破局している場合、かつて交わされた契約はもはや取り消すことができないと考えられている。したがって、彼が契約を取り消すことは許されず、彼女は土地の移転登記を請求できよう。

 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里