なぜ私だけが退職なの

3年前、彼女(34)はある小さな出版社でアルバイトを始めた。学生向け情報雑誌を制作し、賃金は月17万円。固定スタッフは編集長の太郎(45)と彼女だけできつかったが、記者を務める学生らに交じって楽しかった。1年後、その働きぶりが認められ、彼女は正社員になった。

 その直後、太郎が十二指腸潰瘍(かいよう)で入院した。「おれがいない間、よろしく頼む」。太郎は休職中の業務を事実上彼女の手に委ねた。

 しばらくして太郎が職場復帰したとき、彼女にはスタッフらの厚い信頼が集まっていた。彼女の編集担当号から評判がぐんと上がり、編集方針も太郎より彼女のほうが支持を集めることが多く、太郎のなかに疎外感が芽生えた。

 そんなある日、太郎が彼女をデスクに呼んで言った。「A旅行会社から広告を下ろしたいと言ってきた。君に関係あるんじゃない?」

 実は、彼女はA旅行会社の支店長と交際していた。ところが最近、その交際が途絶えたとのうわさを、太郎も耳にしていた。

 「プライベートなこと。関係ないです!」。彼女ははねつけたが、気分は悪かった。このところ彼女に対する太郎の態度は冷たく、しかも彼女の異性関係など個人的なことで彼女の評価を下げる発言を周囲に繰り返していた。

 2人の間に会話がなくなった。業務に支障をきたし、専務の次郎にも知れ、次郎の仲介で数度話し合いをもったが、らちはあかなかった。

 そして半年前、次郎は彼女を役員室に呼んで言った。「こうなると君か太郎に辞めてもらうしかない。君は有能だが、男を立てることもしなければならない……」

 彼女は悔しかったが、予想もしていたので退職を表明した。次に太郎を部屋に呼んだ専務は、彼女の退職を告げ、太郎には3日間の自宅謹慎を言い渡した。

 「私だけが退職なの?」。彼女の怒りは頂点に達した。

 
 
職場環境は男女平等が原則

 

 太郎が彼女の異性関係などについて発言し、彼女が職場に居づらい状況にしていることは、彼女の名誉感情や人格権を侵害し、働きやすい職場環境のなかで働く利益をも害している。また、太郎の非難は彼女を放逐する手段に使われたとも認められるので、太郎は不法行為責任として損害賠償義務を負うだろう。

 一方、専務の次郎は、太郎と彼女の確執を十分認識していたにもかかわらず、結局彼女の退職をもってよしとし、それ以上の対応をとっていない。これは、男女平等のもとで職場環境を調整するよう配慮する義務を怠っているといえる。会社は使用者として不法行為責任及び職場環境配慮義務に基づく責任を免れないだろう。

 
  筆者:本橋美智子、籔本亜里