母の世話をする約束が

彼女(55)は弟夫婦との関係に頭を痛めている。8年前、彼女は郊外に中古の家を買った。当時父が亡くなり、母を世話しようと思ったのがきっかけだ。ホテルの営業職を務める彼女は結婚の予定もなく、母も自分の世話をしてくれるならと資金の援助をしてくれた。

 ところが、彼女は仕事が急に忙しくなった。転居1年後、弟夫婦が同居したいと言ってきた。生活を切りつめる事情があったようだ。

 「うちのやつが母さんの世話をするから」「そうね、スペースもあるしね」。彼女は特に何も考えずに承諾した。家賃も請求しなかった。

 しかし、ある夜彼女が帰宅すると、弟夫婦の話し声が台所から聞こえてきた。

 「お姉さんの食事の世話までは面倒だわ。最近お母さん、お漏らしをするのよ。トイレ付きのベッドをお姉さんに買ってもらえないかしら」

 「そうだな、おれたちが世話してんだから姉貴には金を出してもらいたいよな」

 母は夜中に廊下で転倒して骨折し、世話に手がかかるようになっていた。彼女は家事にはノータッチだったが、義妹の母に対する世話が目に見えて乱暴になったのが不満だった。弟夫婦との関係は険悪になっていった。

 1年後、彼女は嫌気がさして家を出て借家住まいを始めた。母を残すことに自責の念はあったが、母が弟夫婦を頼っているのも事実だった。

 ところが2年前、彼女は会社を辞めた。早期退職勧奨の対象になったのだ。これを機に母のことに時間をかけようと思い、弟夫婦に改めて家を明け渡してほしいと伝えた。

 「いまさら何を言うんだ。おれたちがずっと面倒を見てきたんだぜ」。弟は収入が少なくなっていたこともあって拒絶し続けた。そうこうするうち、去年の暮れ母が亡くなった。弟夫婦は今も家から出ていく様子はない。

 
 
前提が崩れ使用貸借は解約

 

 彼女は自分名義の家を、特に期間の定めもなく弟夫婦にただで貸した形になっており、このような関係を建物の使用貸借という。借り主の居住に際し前提事情があり、その後その事情の全部または重要部分が欠けたり、当事者間の信頼関係が破壊されたり、貸主に使用貸借の存続を強いることが酷と認められるときには、貸主は使用貸借を解約できると考えられる。

 このケースでも、母の世話が家の使用貸借の前提事情となっていたが、母はすでに亡く、その世話も十分とはいえなかった点や、両者間の険悪な関係から信頼関係が破壊されているといえ、彼女は使用貸借を解約し家を取り戻せよう。弟夫婦が家を必要とする生活事情などによっては、相応の金を彼女が支払って解約する解決策も考えられる。

 
  筆者:大迫惠美子、籔本亜里