それは、彼女(33)の父が定年退職を迎える3カ月前のことだった。「お父さんご苦労さま、ってお祝いをしないと」。夕食を一緒にしていた母(59)が、彼女に言った。亭主関白の父に母は泣かされてばかりだったはずなのに、彼女はちょっと驚いた。
「親類や仲がいいお友達を呼んでパーティーはどうかしら」。母は彼女に会場のアレンジを頼んだ。彼女は父がイタリアン好きだと思い出し、早速インターネットで検索して、東京・目黒に最近オープンした店を見つけた。
下見に訪れると、落ち着いた雰囲気が気に入り、予約を入れることにした。「7月15日に40人、貸し切りパーティーできますか?」「2カ月後……大丈夫です。40名様。ドリンク込みで4500円コースですね」
店員はさらに付け加えた。「当店では、予約日前日までキャンセル料は不要です。ただ、前日までに別のお客様が予約をご希望された場合、お客様に再度ご予 約を確認します。その際、当日実施の確約を頂くと、その後キャンセルされても営業保証料として一律お1人様5500円頂きますのでご了承下さい」
キャンセルなど考えられず、彼女は了承した。
2週間後、店からの電話が鳴った。結婚披露宴の予約希望があるが、予約はそのままでいいかという確認だった。彼女は、いいと返答した。
ところがその2日後、母が内臓疾患で入院することになった。「母さんがこれでは、パーティーなんて」。動揺する父の言葉を受け、彼女はすぐに予約をキャンセルすることにした。しかし、である。
「キャンセルですと、営業保証料として計22万円いただきます」。店長は、既に了解を得たことだとして、頑として譲らなかった。
母の病と高額なキャンセル料。想定外の事態に、彼女は頭を抱えた。 |