彼女(55)は、夫の元愛人の花子(49)から訴えられようとしていた。先頃、夫の太郎(58)が病気で亡くなり、遺族年金の給付を請求できるようになったのだが、その受給権者が自分であると、花子が主張してきたのだ。
「太郎さんと私は夫婦同然だったわ。だから、私が年金をもらう資格があるのよ」。花子はかつて6年間、太郎と内縁関係にあった実績を根拠にしていた。
「私も内縁だけど、同居の期間は私のほうが長いわ。それに太郎さんは1年前にあなたと関係を切ったはずよ」
彼女は花子にこう反論したものの、太郎との関係はそもそも自分も内縁なので、不安になったのも事実だ。
彼女が太郎と内縁関係になったのは17年前。当時東京のA国立大の助教授だった彼と、講師だった彼女が研究会で知り合い、いつしか深い関係になった。太郎も彼女も独身だったが、お互い結婚という形にこだわりはなかった。
様々な会合に一緒に出席したとき、彼は彼女をパートナーだと紹介し、近所の人たちも2人を夫婦と認めていたという。同居から4年目には男の子も生まれた。
内縁から10年目、太郎は学内でのポストを巡る紛議のため九州のB大に移った。彼女は迷った末、別居を選んだ。
ところが、その九州で太郎は、研究室の助手だった花子と同居を始め、彼が彼女のもとに戻ってくる回数は月ごとに減った。二重の内縁は6年間に及んだ。
「別れようか。いや、やり直せるかも」。彼女は悩んだが、1年前、太郎が首都圏のC国立大に戻ったことをきっかけに、2人は復縁した。
しかし、ほどなく彼の肝臓に異常が発見され、亡くなってしまった。
「人はどう言っても、私はあの人と暮らせただけでよかった」。彼女は今、そう思っている。 |