盗品とは知らなかった

 

彼(68)は15年前、赴任先のカナダで知り合ったカメラマンの教えでビデオ撮影を趣味で始め、すっかりとりこになった。「さあこれから日本中を撮るぞ」という矢先……。

 事の発端は2カ月前に買ったビデオカメラ。通りがかりの中古ショップの棚に飾られていたプロ仕様のカメラに思わず目が引かれた。

 「150万円。お買い得ですよ」。店長に声をかけられて、手にとってみるとさすがに重い。担いでもバランスを取るのが難しい。だが、その難しさに彼の挑戦心がフツフツと沸き立った。

 カメラのサイドに「H・I」という文字が目立って入っていた。「これ何?」「さあ、売った人も説明なくて」

 1時間考え、結局退職金の一部で買った。

 3日後、レンズも欲しくなって店に寄ると、40代後半のひげ面の男が店長に食ってかかっていた。例のカメラの持ち主だという。「半年前公園で盗まれて。偶然友人がここで見つけて知らせてくれた。H・Iってあったでしょう。おれのイニシャルなんだ」

 ひげ男は有無を言わさぬ調子で彼に迫ってきた。「仕事道具なんで返してください」

 「あなたのものか、私は知らない。私が買ったものですから」「盗品だからおれのものですよ。代金は払いますから」。20分押し問答の末、彼が折れざるをえなかった。

 1週間後、喫茶店で待ち合わせ。彼はカメラを持参したが、ひげ男は代金を用意していなかった。「夕方必ず振り込みます。どうしても明日仕事でカメラが必要で……」。ひげ男が拝むように頼み込むので、彼は信用することにし、カメラを渡した。

 ところがその後、お金は一向に振り込まれない。連絡すると、すぐに振り込むとひげ男は答えたが、やはり振り込まれない。「渡すんじゃなかった……」。彼は、何ら悪くない自分を責めていた。

 
 
返すなら代金と引き換えに

 

カメラのような動産が盗まれて他人の手に渡っても、2年間は無償で取り戻すことができる。しかし、取得者が一般の店舗などでそれを買っていた場合、取得者が払った代価を払わなければ取り戻せないと法は定める。取得者は元の持ち主が代価を払わなければ返す必要はない。

 もっとも、代価をもらわず盗品を返してしまったとき、返還後も代価を請求し続けられるかは頻繁に争いになる。代価を求める権利は返すまでの交換条件みた いなもので、一度返してしまうとその条件を放棄したようにもみられ、当然には代価を請求できないという考え方もあるからだ。

 しかし、公平という観点から代価は引き続き請求できると考えるべきで、このケースでも彼はひげ男に150万円を請求できる。

 
  筆者: 大迫惠美子 、籔本亜里