今は離婚したくないの

  「好きな人がいる。離婚してくれないか」。3年前、突然夫(38)からつきつけられた言葉に、彼女(37)はあっけにとられた。夫が別の女性とつきあっていたなんて、全然気づかなかったからだ。

 2人が結婚したのは9年前。夫は大手メーカーの営業マンで、彼女とは社内恋愛だった。彼女は根っからのきれい好きと世話好きで、朝の出勤時には夫より2 時間前に起きてご飯を作り、送り出した後はすべての部屋をくまなく掃除。彼が夕食までに帰ることはまずなかったが、それでも彼女は夫の夜食のためにと腕を 振るった。

 「私のどこがいけないの? あなたのためにやってきたのに」。何かと身の回りをチェックし、拘束気味だったのが、少しちゃらんぽらんな性格である彼には窮屈だったのか。幼い娘もいるのに。

 相手の女性は会社の後輩。社内の宿泊研修で知り合い、つきあいはもう5年におよぶ。2人は一緒にあちこちに出かけ、性関係もあることがうかがえた。夫は「彼女を待たせているんだ」と言った。

 この時から、彼女は胸の内で、これまでいい意味で緊張していた糸が日ごとに急に緩んでいくのを感じざるをえなかった。夫が嫌いになったわけではない。最 初は強いねたみを感じ、夫を引きとめようと、自分に足りないものが何かを探そうともした。しかし夫が公然と家をあけることが増えてくると、次第に夫婦間の 会話はほとんどなくなってしまった。

 2年前、夫は家を出た。彼女が働きに出ようと考えていた矢先、子宮内膜症にかかっていることがわかった。別居後、彼からは月10万円の生活費と、家賃、光熱費のお金が振り込まれ、時々離婚にふれる手紙が送られてくる。

 「一緒に暮らしたいとは思えない。でも、離婚もしたくない」。それが彼女の今の心境だ。7歳になった娘に会うこともないまま、夫は別居を続けている。
 
 
経済状況など総合的に考慮

  離婚は夫婦が印を押さないと原則成立しないが、裁判では一定条件で認められる場合がある。主に責任ある側からの離婚請求は、夫婦の別居が両者の年齢や同居 期間と比べ相当の長期間か、未成熟の子がいるか、相手方が離婚で精神的・経済的に極めて過酷な状況におかれるなど離婚を認めることが著しく社会正義に反す るといえる事情があるかどうか、などを総合的に考慮し判断される。

 このケースでは、別居が約2年で双方の年齢や同居期間7年との対比で長期間とはいえない。未成熟の子がいる。彼女は子宮内膜症で就職が難しい。これらのことから、仮に夫側の離婚請求があっても、現状では認められないだろう。
 
  筆者: 菱田貴子 、籔本亜里