自筆遺言どこまで有効

  2年前、母が亡くなって1カ月後、彼女(49)は母のタンスから遺言書を発見した。「(母)所有の不動産で、東京都A区B町1丁目2番3号を○子(彼女) に遺贈する」と書かれた「自筆証書遺言」だ。家庭裁判所で遺言書の確認を終えた彼女は、遺言どおりの手続きを了解してもらえるよう相続人たちに求めた。

 弟(45)は合意したが、兄(55)は難色を示した。遺言書記載の番地には、両親が30年以上続けてきた食品卸会社の事務所兼自宅があった。母の持ち分が2分の1、残り半分は、兄が7年前に亡くなった父から相続していた。

 「遺言として無効ではないか? 『不動産』とあるだけで土地の地番も建物の番号もないし、遺産が特定されていないよ」。兄がこう言うと、「そんなことないわ。お母さんの財産はあの家と土地だけよ」と彼女が反論した。

 2人は昔からそりが合わなかった。父亡き後、兄と彼女が会社経営を引き継いだが、彼女が事務所の持ち分の半分を握ることを兄は嫌がった。

 話はまとまらないまま、半年後、兄が急死。代わって義姉(50)が前面に出てきた。「私は夫と同じ考えよ。あなたへの遺贈は認めない」。派手好きで、父 母の介護を彼女に押しつけるだけだった義姉とも、彼女は昔から険悪だった。「そんなことあなたに言われる筋合いはないわ!」

 亡き父は、兄に会社を継いでもらうつもりで、遺産のほとんどを兄だけに相続させていた。兄妹の確執を知っていた母は、彼女に発言権を与えるべく、自分の持ち分全部を譲ったに違いない。彼女はそう思いたかった。

 「仮に遺言が有効でも、お母さんがあなたに譲ったのは建物だけよ」。遺言書の番地が土地の地番と一致しない以上、土地は含まれないと考えるべきだと義姉は言う。2人の激しい争いの終着点は見えないままだ。
 
 
記載から真意合理的に解釈

  遺言書に書かれている住居表示が、登記簿上の土地や建物の記載と一致しない場合、確かに遺贈不動産を特定する記載としては不十分ではあるが、遺言自体は有効だ。

 遺言は本人の意思に基づくことが認められる限り、できるだけ有効に取り扱うべきだ。内容が不明確な場合は、遺言書の記載から、遺言者の真意を合理的に探って解釈すればよい。

 遺言書の「不動産」という記載は、土地を遺贈の対象からはずしたわけではなく、「東京都A区B町1丁目2番3号」は、亡き母が長年住んできた自宅を示し ている。登記簿で土地、建物別々にされている記載とは一致しない。ということは、土地と建物は切り離さず一体として遺贈するのが遺言者の意図だったと考え るのが適当だろう。
 
  筆者: 本橋美智子 、籔本亜里