宙に浮いた土地の売買

  2カ月前に母(60)を病気で亡くした彼女(36)は、弟(29)ともめている。

 3年前に亡くなった父に借金があり、母は近くの食品工場で働きながら返済し続けてきた。しかし1年前、内臓に異常が見つかったことをきっかけに、母は生 きているうちに借金を片付けておこうと、自分名義の土地を売ることにした。町内会長が買ってくれることになり、3000万円の代金完済と同時に移転登記を する契約で手付金600万円を受け取った。残金は1年半の分割払いだった。

 ところが、母の体調が急に悪化し、帰らぬ人に。土地の売買契約は、彼女と弟が引き継ぐことになった。

  「姉貴よ、おれにもっと遺産くれてもいいんじゃない」。母の四十九日をすませた夜、関西から上京していた弟が彼女に言った。母は亡くなる直前、 売却した土地の代金やその他預貯金の分割について、彼女に4分の3、弟に4分の1にする遺言を残していた。弟はそれが気に食わなかったのだ。「あなたは競 馬や競輪にのめり込んで金遣いが荒いから、お母さんは心配して私に管理を任せたのよ」

 しかし、弟は母が生前結んだ土地の売買契約を認めないと言い出した。

 「どうせおれに入ってくる金が少ないんだったら、今売る必要なんかないよ」「何言ってるの。あれはお母さんが決めたことだし、売らなきゃお父さんの借金だって返せないじゃないの」

 その後、町内会長が彼女のところに来ていぶかしげに言った。「弟さんが来て、土地は売らないことにしたと言ったけど本当かい?」。弟は勝手に直談判したのだ。「内輪のもめ事に巻き込まれるのはごめんだから、話がまとまるまで金は払わないよ」

 弟は話し合いに応じず関西へ帰ってしまった。亡母の写真を前に、彼女は途方に暮れていた。
 
 
債権者代位権を行使できる

  契約上、売り主としての地位を母から相続した彼女と弟がそろって土地の移転登記の手続きに協力しない限り、町内会長は土地代金を支払う義務はない。

 しかし、そもそも町内会長には、買い主として所有権移転登記手続きを請求する権利があるので、裁判で「代金の支払いと引き換えに登記を移転せよ」と求めることができる。もっとも、トラブルを避けたい町内会長は、裁判を起こそうとはしないだろう。

 このような場合、彼女は自分の代金請求権を保全するために、町内会長がもつ所有権移転登記手続きの請求権を、町内会長に代わって、登記手続きに応じない相続人(弟)に対して裁判によって行使することが認められている(債権者代位権)。彼女はこの手段で残金を取得できる。
 
  筆者: 大迫惠美子 、籔本亜里