すぐ店を明け渡せとは

  「今出て行けなんて……」「約束の5年がたったから当然でしょ」。都内でスナックを経営する彼女(55)は、深夜0時過ぎ、大家(58)から立ち退きを迫られていた。

 店は、大家が経営する精密機械工場の敷地内にある。7年前、大家は工場の拡張を図ったが、不況で受注が減少し、工場建設の借入金返済の資金繰りに困っ た。そこで、公道に面した南側の一角をとりあえずコンクリート壁で仕切って数年間貸し出し、その家賃収入を返済にあてようと考えたのだった。

 「景気がよくなったらここは工場に戻すって言ったでしょ」。急場しのぎで一時的に貸したことを強調する大家は、彼女と結んだ賃貸契約書をテーブルに広げて指さしながら催促を繰り返した。

 その「店舗賃貸契約書」には、契約期間5年とあり、特約条項として「契約期間の更新はいかなる事情等においても行わない」と記され、両者の署名押印があった。「一時使用」との文言は入っていない。

 「ここで店を畳んだら残るのは借金だけよ」。彼女は契約締結時、敷金200万円、礼金50万円を払った。また、内部のコンクリート壁が露出状態だったの で、800万円をかけてスナック営業用の内装工事をし、250万円で備品類をそろえた。家賃は5年間に3回も増額されていた。

 同じ敷地では、4年前に西側の一部を仕切って大家自らマージャン店を開業。1年前に廃業すると、今度は別の女性に美容院店舗として賃貸していた。

 「最近注文が増えてきたんだ。ここは工場の出入り口だから、荷物の搬入にも支障が出ちゃうんだよ」。大家の言葉に、彼女は心の中で「ここは渡さない」とつぶやいた。
 
 
一時使用目的でなく、拒める

  このケースで大家は、一時使用の賃貸借だったとして明け渡しを求めている。これなら、賃借人を保護する法の特例が受けられないからだ。

 しかし、契約書に「一時使用」の文言が使われず、敷金、礼金として計250万円という多額の資金が提供され、通常の賃貸借契約と異ならない対価関係があ ること、目的がスナック経営であることを了解のうえ賃貸され、営業開始時に内装や備品に約1000万円が投入されていることから、賃借期間が相当な期間に なることは予想された。一方大家に、契約終了後に必ず工場として使用する具体的な計画の見通しがあるとの事情は認められない。これらを総合的に勘案する と、一時使用目的であるとは言いがたく、彼女は立ち退きを拒めよう。

 とはいえ貸借である以上、借りたら返すのが原則。借りる時点で返還時のことを少しでも想定できれば、後のトラブル回避につながるだろう。
 
  筆者: 功刀美津保 、籔本亜里