母の遺産、父が横取り?

 彼女(25)は父(56)に腹を立てていた。7年前病気で亡くなった母が残した遺産を我が物にしていたからだ。

  彼女は短大を卒業後、アパレルメーカーに就職して事務職をしてきたが、仕事にハリが感じられず、自分に何の能力もないことに落ち込んでいた。そこで、大学に入りなおそうと決めた。しかし、通帳を見ても20万円もない。ふと、母が亡くなる直前に彼女に語った言葉を思い出した。

  「少しだけどね、母さんがためたお金を使いなさい。勉強しなくちゃダメだよ」

  当時「何も考えていなかった勉強嫌い」の高校生だった彼女に母はそう言った。実家が貧しく、学生時代ろくに勉強できなかった母は、結婚後も生活費を稼ぐために毎日働き続け、やりくりして1000万円の貯金をつくっていた。

  「お父さん、お母さんが残したお金を進学のために使いたいんだけど」。彼女は父が預かっているのだろうと思って、電話で問い合わせた。

  「ああ、あれか。お父さんが相続したよ。お前、未成年だったし」。彼女は何も知らされていなかった。

  「通帳あるんでしょ? 探してくれない?」「どこにあったかな……」

  父がはっきりしないので、彼女は実家に行って自分で探すことにした。すると、机やタンスの引き出しから出てきた手紙や領収書などから、父が遊興に結構なお金を使っていることがわかった。特定の女性にもかなりの貢ぎ物をしているらしい。

  「お母さんの貯金はどこにいったの?」。彼女は改めて父に問うた。

  「生活費に消えたよ」

  「お父さんはまだ働いてるじゃない。そんな大金がかかるわけないわ!」。彼女が、手紙や領収書の束を取り出すと、父は黙ってしまった。彼女は悔しくて涙が出てきた。
 
 
利益相反なら特別代理人を

 親権者と子の間に、親に利益があって子に不利益になるような利害対立(利益相反)がある場合、公正な親権の行使を期待することは困難だ。

  こうした場合は、親権を行使する者はその子のために特別代理人を家庭裁判所で選任してもらわなければならない。利益相反かどうかは、親権者が子を代理してなした行為を外から客観的に考察して判定され、親権者の動機や意図などは考慮されない。

  このケースで、母の死亡を銀行が知っていれば、銀行預金を父が1人でおろして使うことはできなかった。父単独の相続にして権利行使をするには、未成年の彼女のために特別代理人が署名した遺産分割協議書が必要だからだ。父が単独で相続したと言っても法的には無効。だが、実際に父が使い果たしたあとでは、「ない者からは取れない」というのが厳しい現実だ。
 
  筆者:大迫惠美子、籔本亜里