<彼女の場合>室長からセクハラ受け

 彼女(34)は、東京都内のある化粧品メーカーで新商品の企画を担当していた。事件は4カ月前に起きた。

  「新商品のプレゼン好評だったね。ごちそうするよ」

  企画室長(55)に食事に誘われた夜、彼女は室長名で利用しているというホテルの会員制クラブに連れて行かれ、その密室同然の部屋でキスをされ、体を触られた。彼女は拒否したが激しい抵抗はできず、偶然携帯が鳴ったのをきっかけに逃げ帰ってきた。

  企画室長の下には部長、課長がいる。翌日、直属の上司である課長が彼女の青ざめた表情に気づき声をかけてきた。彼女は前夜のことを話した。「キスされました。それ以上は恥ずかしくて……」

  「わかった」。課長は部長に相談して対応を考えると言った。しかし彼女は断った。騒ぎ立てても、相手が室長では握りつぶされ、逆に仕事ができなくなると思ったのだ。

  その後も室長から「仕事の話がある」「食事どうだい」とメールが頻繁に届く。上司なので無視もできず、適当な返事を書いて避け続けた。

  しばらくして、室長の被害者が何人もいることが判明。彼女も先輩の女性から被害について聞かれた。「許せないわ。みんなで人事部に告発しましょう」

  やがて、人事部の指示を受け課長が本格的な調査に乗り出し、彼女に事件の証言を求めた。加えて、夫の海外赴任話が持ち上がり、悩みが重なった。突然左耳の聞こえが悪くなり、吐き気に襲われた。精神的ストレスのためだ。

  そして最近、何か言われたのか、息巻いていた先輩の態度が急に変わり、なぜか「もう忘れなさい」と説得を始めたのにも当惑した。

  一方、人事部は室長から事情を聴き、課長がその報告にやってきた。「室長は行為自体認めているが、『合意のうえだ』と言っているよ」

  「合意だなんて! もう限界だわ」。彼女は退職を決意していた。
 
 
人格権を侵害する不法行為

 室長の行為は彼女の人格権を侵害する不法行為にあたるので、彼女は慰謝料やストレス疾患の治療費などを請求できるだろう。権力を持つ上司の誘いを断固拒否できないのは自然で、「合意」があったと考えること自体、重大な過失を認定できる。彼女の症状からは、心理的要因が関係して、運動や感覚の機能に障害を起こす病気が疑われ、専門医による診断に基づいた治療が必要だ。

  会社にも使用者責任として不法行為責任が発生しうる。食事の勧誘は仕事の延長にあり、当該クラブは通常も仕事上の利用があると認められ、室長の行為は職務と密接に関連する行為と認定できるからだ。会社の不適切な対応も問題になる可能性がある。
 
  筆者:島田凉子、籔本亜里