<彼女の場合>好いた彼には妻がいた

 3年前まで彼女(34)は中堅の出版社に勤めていたが、激務のために体調を崩して退職した。その後、通りすがりに見た看板がきっかけで、彼(40)が経営する小学生向けの学習塾で講師のアルバイトをすることになった。
  年のわりに彼の頭は白いものがまじってボサボサ。無精ひげもはやし、決してカッコイイとはいえなかった。しかし、難しいことをやさしい言葉で子どもの目を見て話しかける。彼の授業は緊張感がありつつ楽しい。そんな彼の姿に彼女は次第にひかれた。

  仲良くなった塾のスタッフから、彼が妻(38)と5年にわたって別居中だと聞いた。彼は政治家の秘書だったが、偽善的で金権体質の雰囲気が嫌になって6年前に辞めたという。妻は彼を毎日のように責めたらしい。彼は黙って家を離れ、塾を開いた。その傍ら、公認会計士になろうと勉強も始めていた。

  半年前、彼と彼女は急接近した。彼女は、できることなら彼と一緒になりたいと思った。「奥さんとは?」。彼女は思いきって切り出した。

  「別れていい。事実上夫婦と言えないし、もともと親が勧めた見合いで、結婚生活もあってないようなものだったから。でもね……」

  彼は言いよどんだ。これまで離婚の話が何度も持ち上がった。しかし、彼の収入は少なく、彼の親が彼の妻の生活費を補っていたため、何となく別居状態が続いていた。もっとも、彼の妻も自分の職場で「仲良しの男友達」と楽しくやっているという。

  数日後、突然彼の妻が塾にやってきて彼女を連れ出した。「あなたね。いいわよ、彼と別れても。でも、慰謝料500万円くらいは払ってね」

  そんな大金あるわけない……。彼女は悔しさをじっとこらえていた。
 
 
慰謝料の義務免れる場合も

 夫婦の一方の配偶者と不貞関係を持った第三者は、故意過失があれば、誘惑したのか自然に関係が生じたかにかかわらず、不法行為として他方の配偶者が被った精神上の苦痛を慰謝すべき義務が生じると考えられている。

  もっとも、その関係が婚姻の破局後に結ばれたもの、つまり関係自体が婚姻を破局させた原因でなければ、他方の配偶者の慰謝料請求権は否定されることがある。婚姻関係がすでに破局していたら、他方の配偶者に婚姻共同生活の平和の維持という権利や法的保護に値する利益があるとは認められないからである。

  このケースでも、彼と妻は5年間別居し、両者に夫婦生活がなく、妻の男性関係もある。彼女が彼と関係を持った時点でその夫婦生活が実質上破局していた事情が明らかになれば、彼女は慰謝料を支払う義務はないと考えられる。
 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里