彼(44)はヤケクソになっていた。この1年間必死に取り組んできたプロジェクトは部長の左遷で頓挫し、彼も閑職に追いやられた。時期を同じくして、14年間連れ添った妻には別の男性ができており、離婚。酒を飲んでも酔いきれず、誰でもいいから自分の思いを聞いてもらいたかった。そんなとき、携帯電話にメールの着信音が鳴った。
「ステキな出会いはマル秘クラブへ。完全無料! 空メールを送るだけ!」
出会い系サイトだ。いつもならすぐに削除をクリックするはずが、この日彼の指はすぐに動かなかった。「ステキな出会いか……あるわけない。でも無料ならいいか」
彼はあれこれ迷ったあげく、携帯番号や居住地域など簡単な情報を登録してマル秘クラブに加入した。
翌朝、メールがいくつも届いていた。
「夫とは家庭内別居状態。ドキドキしたいわ♪」
「35歳の主婦です。主人は午前様なので夜も会えます」
「看護師で出会いがありません。よかったらメールを」
メールすると、どれもすぐに返事がくる。出会い系サイトを初めて経験した彼は、一度やりだすと仕事も手につかなくなってきた。
「試しに会ってみるか」。彼は正直会いたいと思った。話し相手がほしかった。
「今度の土曜日夕方に会えますか?」
「いいわ。午後6時に渋谷の××前で」。何回かやりとりしたあるカノジョから約束を取り付けた。
当日、10分待っても30分待ってもカノジョは現れなかった。「ひと目見て逃げられたか」。彼は落胆した。
その後も何人ものカノジョとメール交換し、待ち合わせ場所に立ち続けた。しかし、やはり誰も現れなかった。
2週間後、思いもよらぬ2万5000円の請求メールが彼の携帯に届いた。 |
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