それは、結婚式を挙げてからわずか3週間足らずのある大雨の日の出来事だった。彼女(30)の夫(31)が、車で彼女を駅に迎えに来る途中、事故死してしまったのだ。
婚姻届は、2人が出会った日を記念し、その1週間後に出す予定だった。幸せの門出は一夜にして暗転した。彼を失ったショックは当然のことだが、さまざまな問題が次々とふりかかってきた。
まず、お葬式でだれが喪主になるのか。彼女は当然自分がなるものと思っていたが、彼の母(57)は「正式な身内ではないから」と、自分が務めると主張した。彼が亡くなったのは彼女の責任だとさえ思っている様子だった。
しばらくして、彼の勤めていた会社から死亡退職金が支払われるとの連絡があり、その数日後には生命保険会社から保険金の支払い手続きについて知らせが届いた。あわせて数千万円にのぼった。
「あなた、そんなにお金が必要なの? どうするつもりなの?」。彼の実家で食事をしていたときに彼女がふともらした話に、彼の母が嫌みまじりに反応した。
「いえ、特に。今は何も考えられませんから」。彼女は口ごもりながら、つまらないことを言ってしまったと後悔した。彼の母は「法律上の妻でもないのに、そんな大金がねえ……」とつぶやき、彼女が受け取るのはいかにもおかしいと言いたいようだった。
その後、彼女と彼の母の関係は日ごとに冷めていった。
しばらくすると、今度は家の問題が持ち上がった。彼女は結婚式の少し前から夫と小さな家を借りて暮らしていた。彼の死の2カ月後、突然家主から「出ていってもらえないか」と要求がきた。
「なぜ? 契約したばかりだし、家賃だってきちんと払っているじゃないですか」と彼女は家主に問いただした。
「契約者がご主人になっているでしょ。亡くなったんだから……」。家主は契約書をみせながら、契約を打ち切りたいと言った。
彼女はまさか、と思った。家主はもともと彼の母の友人で、入居も彼女の薦めで決まった経緯がある。「ひょっとしてお母さんが?」という考えが頭をよぎったが、彼女は「いけない」と思って即座に首を横に振った。
数日後、彼女は彼の母に相談した。
「お母さん、家を出ていくように言われて困っているんですけど……」
「私には何もできないわ」
あっさりと突き返された言葉に、彼女はいたたまれない寂しさを感じていた。 |
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