親権はどちらにあるの

 結婚して10年。彼女(36)が息子(5)と実家に戻ったのは半年前だ。生活に落ち着きを取り戻した矢先、家庭裁判所から、夫(39)が申し立てた離婚調停の呼び出し状が届いた。別居後、何回か「息子に会わせて欲しい」と夫から電話があったが、実家に戻る直前の夫の言動を思い出すと恐ろしくて、とても会う心境にはなれなかった。だから、「落ち着いてから考えさせて」と断り続けてきた。

  発端は彼女の会社の去年の新年会だった。隣に座った後輩の男性と山登りの話をしているうちに意気投合し、互いにメールのやりとりをするようになった。春には、夫がゴルフにでかけた休日に、男性が所属する山歩き同好会の行事に息子を連れて参加した。

  ある日、夫は帰宅するなり「お前に男がいるのは分かっている。正直に言えば許してやるから全部話せ」と迫ってきた。彼女の携帯メールを盗み見て誤解したらしい。彼女は、夫が自分のメールを勝手に見ていたことに大きなショックを受けたが、とにかく冷静に事情を説明した。しかし、夫は全く信用しない。

  その日を境に夫の態度が変わった。何かにつけ突っかかってくる。話しかけても無視する。反論すると、あざができるほど殴りかかってくる。身の危険を感じた彼女は、息子を連れて実家に戻った。

  離婚調停に出かけた彼女は、「まさか夫は親権が欲しいとは言ってこないだろう。問題は財産分与や養育費」と考えていた。ところが、調停委員の話を聞いて彼女は驚いた。夫は、「息子の親権と不貞の慰謝料として1000万円を要求する。分けるような財産はないので財産分与はなし」と主張してきた。夫は、「ふしだらな彼女に息子を育てる権利はない」と言って特に親権について強く要求し、今の会社を辞めて鹿児島の義父母の家で育てるつもりだという。「もし親権が取れないのなら、息子ともきっぱり縁を切りたいので養育費を払うつもりは一切ない」とも言う。

  夫はこうと決めたら自分の思い通りになるまであきらめない人だ。実家まで息子を連れ去りに来るかもしれない。考えれば考えるほど、どうしたらいいのか分からなくなってしまった。

  息子を手放す気持ちは全くない。「あんな夫には渡せない。一体いくら払えば夫は息子をあきらめるんだろう。でも、一体どこにそんなお金があるのか」。彼女の気持ちは混乱した。
 
 
幼少時は母親に、が基本原則

 離婚の際、親権を主張する男性は少なくない。昔からあった「後継ぎがいなくなっては困る」という理由だけではなく、寂しさから息子を手元に置きたい、というケースが目立つ。

  裁判所は基本的に、幼少時における母親とのつながりを重要視して、子どもが小さい場合には親権は母親に、という母性優先を原則とする考え方を採っている。幼児虐待など養育面で母親に目立った問題がなければ、このケースでも彼女が息子の親権を取れる可能性は極めて高い。

  夫は彼女の浮気を疑い、ふしだらな彼女に息子を任せられないと主張しているが、たとえ不倫していたとしても、それが親子関係に悪影響を及ぼしておらず、子どもを普通に養育できていれば、大きな問題にはならない。

  ただ、母性優先の原則も絶対的なものではなく、基本的にはどちらが養育した方が子どもにとってより望ましいかを裁判所は判断する。まずは自分の養育状況の健全性を、調停の場できちんと説明できるようにすることが第一だ。追い詰められて不利な条件をのまされないようにしよう。
 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里