身に覚えのない保証人

 彼女(47)はもう何日も眠れずにいた。病気の父(75)に借金取り立ての催促がやまないからだ。母(75)と兄(50)が、兄の借金のために父を勝手に連帯保証人にしてしまったのだった。

  貸金業者との間で交わされたという連帯借用書には、「金1千万円を連帯借用、受領致しました」と書かれ、末尾に主債務者として兄の記名と押印が、連帯保証人欄に父の記名と押印があった。日付は2年前の11月末日。その支払いが3カ月ほど前に滞り、父に催促がきて、彼女は初めてことの次第を知った。

  兄はギャンブル好きだ。大学在学中に競馬に凝り始めたのがきっかけで、社会人になって拍車がかかり、あちこちで借金をつくった。5年前、勤めていた中堅のゼネコンを辞めて建築用の資材を販売する会社を1人で立ち上げた。当初業績は順調だったが、稼ぎは次第に競馬や競輪に消えた。会社の運転資金はもとより、賭け金を調達するために高利貸にも手を出した。

  彼女の父は5年前まである食品メーカーの社長を務めていた。ほかにも数社で役員を兼ねていたので、地元では有名人であった。

  「うちの恥を出せるか」

  父はいつもこう言っては、所有する不動産を売却したり銀行から融資を受けたりして兄の借金を埋めていた。

  とはいえ、さすがにここ数年は限界にきていた。父は会社の一線を退いてから急に記憶力や理解力が衰え始め、3年ほど前から認知症と疑われる様子が出てきたからだ。

  ちょうどその頃、兄の会社は危機を迎えた。資金が底をつき、手形の不渡りの危険が出ていた。そこで、兄を援助しつづけてきた母が兄とともに今回の貸金業者に借金の交渉に出かけた。

  「担保がねえ……。ご主人に保証人になってもらうのはどうでしょうかね」

  資金繰りがつかず困っていた2人は、結局この業者の条件をのんで借金を申し込まざるをえなかった。2人の手には、父の記名と押印のある連帯借用書が携えられていた。

  「あの業者にだまされた。お父さんを保証人になんてするんじゃなかった」。最近、貸金業者からの取り立てが来るたびに母の精神状態がおかしくなっていく。

  「母や兄が甘すぎた。でも、2人が父に無断で作った借用書なんだから、どうにかならないかしら」。彼女は取り立ての嵐のなかで、解決策を必死に探していた。
 
 
効力の否定が難しい場合も

 連帯保証人は、実質的に借金をした本人(主債務者)と同じ立場なので、重い責任を負う。借用書に記名、押印があると、保証人は保証契約に合意していたと考えられ、これを翻すのはなかなか難しい。

  しかし、家族が本人に無断で印鑑を持ち出して委任状を作り、保証契約を結んでしまう例が少なからずある。一般の金融機関であれば通常事前に本人の意思を確認するが、貸金を優先する業者によっては意思確認をしないことが多々ある。原則は、当該記名押印が本人の意思に基づかないものだと証明できれば、保証責任は負わない。

  このケースでは、保証契約の当時、父の認知症(痴呆(ちほう)症)が、借金を保証する意思で妻に記名押印を指示できないほど進んでいたと、鑑定などで証明できれば、保証責任を免れる可能性がないでもない。

  ただし、以前から妻に財産管理の一般的・包括的代理権を与えていたような事情はないのか、母と兄を有印私文書偽造などで刑事告訴する覚悟はあるのかなど、家族間での無断の保証契約は、効力を否定するのが極めて困難であることを心にとめておこう。
 
  筆者:大迫惠美子、籔本亜里