彼女(44)は、毎日汗だくになってホームヘルパーの仕事をしている。かなりの肉体労働だが、お年寄りの笑顔をみることができるこの仕事を結構気に入っている。
母は5年前に病気で亡くなった。父にあたる人は、母が若いころ勤めていた会社の上司で、母が彼女を身ごもった時、すでに妻子を持っていた。母は、彼女を産むことに何のためらいも感じなかったといい、「あなたは私の大切な娘よ。堂々と生きていくのよ」といつも繰り返し言った。彼女がヘルパーになったのは、そんな母の晩年を介護した経験がきっかけだった。
「父」の妻との間に、かつていざこざがあったようだ。だが、彼女の記憶には何も残っていない。
2年前、体が不自由で介護を必要とする気むずかしい独り暮らしの女性の家に通うようになった。「お元気ですか。今日も一緒にご飯を食べましょうね」と声をかけても、「こんなもの食べたくない! 子どもたちはどこにいるの? 呼んできて」とつれない。
老女には都会に暮らす息子と娘がいたが、2人とも仕事や家庭の事情があるらしく、面倒をみられないようだった。一時は何を言っても全然受けつけてもらえず、もうこの仕事をやめようかと思った。でも、次第に自分の娘のように慕ってくれるようになった。そして、老女は去年の暮れに入院し、亡くなった。
亡くなる1カ月半前、彼女に1通の封書が届いた。そこには、老女が自分の土地を彼女にあげるつもりであり、その手続きを司法書士に委ねるとあった。その土地はかつて老女が知人から譲渡を受けたものだが、まだ名義の移転をしていなかったので、直接彼女に名義を移転させるとあった。
彼女は手紙の続きを読んでもっとびっくりした。老女は、ほとんど交流することなく6年前に亡くなった「父」の妻だったのだ。昔、彼女と母のことで苦しんだこと、今は許せる気になったことを、しわくちゃの字で書いてあった。彼女が老女宅に出入りしてまもなく、「父」のかつての同僚が彼女のことに気づき、注意を促していた。しかし、老女は彼女には直接何も言わなかった。
しばらくして、老女の子どもたちが、「こんな手紙で贈与は認められない!」と押しかけてきた。彼女は、思いがけない「母」からの贈り物に戸惑っていた。 |
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