彼(53)は東京で働く銀行マン。定年まで指折り数える段階に入った。最近、早期退職が彼の目の前にもちらつかされていた。一人息子はすでに独立し、5年前に妻を亡くしたので、身軽といえば身軽だ。「早めに退職金をもらうのもよし。ただ、仕事を辞めて何をしたらいいのか」。それが彼の正直な思いだった。
そんな折、故郷の高校の同窓会の案内状が来た。仕事の虫だった彼は、30年ぶりに参加することにした。
久しぶりに降り立った故郷はすっかり変わっていた。昔の古い家並みは影を潜め、田畑だったところにマンションや、いま風の一戸建てが立ち並んでいた。同窓会には100人余りが集まった。
「あのお前か? すっかりオジサンになったねぇ」
会社員、公務員、看護師、農業などみな職種は様々だったが、同窓生だけあって会話はざっくばらんだった。地元で飲食店を経営しているケイコは「うちの娘が離婚して家に帰ってきているの。元夫の暴力よ。最近の男って嫌ね」などと話している。
その横でジッと黙って酒を飲んでいたヒデキが唐突に言った。「先月、担任だった斉藤先生が亡くなったんだ」
ヒデキは、同窓のなかでいつも成績が上位だった。東京の商社に勤めていたが、リストラに遭い、1年前から故郷に戻っていた。
「面倒見のいい先生だったろ。でも、最後は1人だったんだ」
先生は何事にも厳しい人で、生徒がたるんでいると容赦なくしかった。しかし一方で、一人ひとりの性格をよく把握し、褒めるときは思いっきり褒めちぎる人だった。そして先生は、口癖のように「人の役に立つ人間になれ」と付け加えた。
ずっと独身で、元気だったが、数年前に転んで骨折してから痴呆(ちほう)が始まり、あっという間に亡くなったという。そんな先生の晩年を、ヒデキは看病に通っていた。
「昔のことをしゃべっていると、先生がうれしそうな顔をするんだよ。そこで、おれは考えたんだ。この町で年寄りの世話をする仕事を始めようかと」
リストラされたヒデキが故郷で再起を図る決意表明だった。横でケイコが「それなら娘も働かせて」と言った。仲間が何人も「おれも金出すから手伝わせろ」と賛同した。
「人の役に立つ人間になれ」。帰りの新幹線の中で、彼は恩師の口癖を思い出していた。自分も故郷の仲間たちと何かができるのではないかと思いながら……。 |
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