彼女(44)は結婚して14年になる。夫(46)は大学時代の先輩で、サラリーマン。会社の業績が厳しく、夫の収入はここ数年停滞気味だ。家計の足しにと彼女は働きに出ようと思ったが、夫は賛成しなかった。
「うちにいればいい。うまく工夫して家計をやり繰りするのがお前の仕事だろ」
その言葉通り、夫は家計の一切を彼女に任せてきた。保守的な夫は、妻を働きに出すのが嫌だったようだ。
彼女がそんな話を女友だちにすると、「あなたは恵まれているわね。家でボーとしていていいんだから。うちなんて働け働けってうるさいわよ」とうらやましがられた。
彼女は家計簿をつけ、支出を抑えるように必死で努めた。毎日チラシを見比べて一番安いスーパーで買い物をし、野菜や果物の皮まで料理した。服も家財道具も、リサイクルショップを利用した。すると、貯金が少しできるようになった。それを使おうともせず、彼女はコツコツお金をため続けた。
しかし一方で、やり場のないどんよりとした気持ちが心のなかにオリのようにたまっていくように感じたのも事実だ。
ある日、あわただしく部屋の掃除をしていたとき、書棚に並んでいたアルバムがふと目に入り、パラパラとページをめくってみた。そこには、大学を卒業後、地方の放送局でDJのアシスタントをしていた彼女の輝くばかりの笑顔があった。当時は暮らしの情報や視聴者からの恋愛相談を語り、好きな音楽を流し、楽しく仕事をしたものだ。
彼女はすぐさま洗面台の鏡に向かった。鏡のなかに映った彼女の顔に、かつての笑顔はない。作り笑いをしても、あのころの笑顔とは違う。
その数日後、偶然、昔の同僚だった先輩の女性から連絡があった。都心で仕事があるから手伝ってほしいという。
「3日間でいいの。夕方6時には解放してあげるから、お願い!」
昼間の数時間なら夫にはわからないだろう。そう思って引き受けることにした。あっという間に3日間が過ぎた。難しい仕事ではなかったが、自分が「無」になれた。胸につかえていたものが一つ吹っ切れたようだった。
しかし、夫はそんな彼女の様子に気づきもせず、顔も見ようとしない。「今月も給料が入ったのでよろしくね」。いったい私は夫の何なのか。彼女の心はまた曇り始めた。 |
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