去年の夏、大手メーカーに勤める彼(50)は、町工場をたたんだ父(75)から、借金と同時に家と土地を継いだ。それが問題の発端だった。
父は40年来、ベテランの職人ら3人だけで部品を製造する小さな工場を経営してきた。しかし近年、注文量が減り続けていた。父は資金繰りに奔走してきたが、2年前には、一から苦労を共にしてきた母が亡くなってしまい、ついに過労と病気でダウン。工場の閉鎖を決断した。残ったのは、銀行からの借金2000万円だけだった。
「借金を助けてくれないか」。父は彼に相談してきた。「今さらお前に面倒をかけたくはなかったが、もうおれではダメだ」
母亡きあと、ひとり息子の彼が妻子を連れて父の家に同居していた。父は、借金を引き受けてくれるなら、その自分名義の家と土地を彼に贈与するとも言い出した。
「それはありがたいけど、本当にそれでいいのか」。彼は何度も確認したが、父はうなずくばかりだった。
その家と土地は、父と母が30年前に4000万円で手に入れた。夫婦で始めた工場がようやく軌道にのったころ、念願かなって買ったものだった。土地の価格があがった現在では時価1億円になるという。
「でも、贈与税がかなりかかるんじゃないかな」。彼が心配になって言うと、「借金があるのに、税金が取られるのか?」と父は目をしょぼつかせた。「借金があっても税金はあるところから取っていくようにできているんだよ」
実際、去年できた相続時精算課税制度を利用して借金と特別控除あわせて4500万円を差し引けたが、それでも1100万円の税負担をしなければならなかった。そのとき彼は「これはこれで、おれには結構な出費だけど、仕方ないよな」と、親孝行だと思って自分を納得させた。
ところがこの春、彼に全く思いがけない事態がおきた。子会社への出向辞令が出たのだ。給料は3割カットと大幅にダウン。これでは、引き継いだ借金を払っていくことが難しい。妻の顔も急に暗くなって目も合わせられない。
「ここを売って借金をなくし、マンションにでも引っ越すしかないかなあ。それでもまた税金がかかるようだしなあ」
時価1億円で売ったとして、借金をそこから返し、税金がかかると……。彼の頭の中で、毎日さまざまなお金の数字が駆けまわっている。 |
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