なんで3割も減給なの

 ある中堅衣料品メーカーに勤める彼女(36)は、入社以来積み上げてきた実績が企画部長の目にとまり、企画部の課長に抜擢(ばってき)された。彼女の若さで女性の課長は、同社で初めてだった。

  課長に就任するやいなや、若い女性をターゲットにした斬新な洋服の開発プロジェクトを任された。部下となるメンバーは10人。うち4人が彼女より年上の男性だった。

  半年後、彼女が率先して試作品が完成。反応はまずまずのレベルだったが、営業力のある部長の後押しでさっそく市場に出すことになった。先輩の男性たちの冷ややかな目は感じたが、部長の力添えもあってがんばれた。

  ところが突然、当の部長が地方の支社に異動させられてしまった。社内の権力闘争が原因だった。これから売り込みを始めるというときに部長がいなくなるのは痛かった。

  代わってやってきた部長は、新しいことに挑戦するのが嫌いな保守的な人物として、社内で有名だった。しかも悪いことに、その部長は彼女が企画部に異動する前の上司で、事あるごとに意見が対立していた間柄だった。

  「あの新商品、売れ行き悪いよな。部下の指導が悪かったんじゃない?」。営業の成績が伸び悩んでいることに対し、新部長は彼女と顔を合わせるたびに皮肉を言った。

  「近いうちに成果が出ます」。彼女は負けじと切り返した。「コストもかかりすぎだ。業績も厳しいときだから、社長も心配しているよ」。部長がたたみかけてきた。

  時経ずして事件が起きた。男性の部下(40)が営業の若手を使い、自分のつてで、信用に問題のある会社と勝手に取引契約を結んでいた。ところがそこが破綻(はたん)。売掛金を回収できず、会社が損失を被ってしまったのだ。

  事件後の調査でその部下は、年下の彼女が上司になったことが悔しくて、意図的に問題のある取引に手を出していたことが判明した。彼女は営業の問題に直接関与はしていなかったが、上司の立場上、責任を取らざるを得ない状況に追い込まれた。

  「事件の責任として減給30%、企画の成績不振で2ランク降格の一般職だ」

  部長が、当然と言わんばかりにこう宣告した。

  「なぜ、そんな大幅に?」

  いくら何でも彼女は納得できなかった。

  「能力がないんだから仕方ないだろ」。吐き捨てるような部長の言葉。昇格して1年もたたないうちにヒラ社員に突き落とされ、彼女はいま何も考えられない。
 
 
処分には客観的理由が必要

減給や降格は働き手に重大な影響を及ぼすので、慎重に行われなければならない。減給について、労働基準法では、就業規則中に減給制裁を定める場合、1回につき平均賃金1日分の半額を上限とし、総額は1賃金支払期における賃金総額の10分の1を上限とすると規定する。従って、このケースの30%減額は、彼女の監督責任を問うにしても法の上限である10%を超える部分について無効といえる。

  一方、成績不振を理由に降格処分を行うことは、一般的に会社が本来的に有する人事権の行使ではある。しかし、降格の客観的かつ明確な理由がなく、降格させる幅が大きすぎるといった場合は、権利の乱用にあたり、降格は認められない。最近はコスト削減を目的とした降格と、それに伴う降給措置と考えられる例もあるが、これも権利の乱用にあてはまる。

  このケースでも、2ランクの降格が、客観的な成果に比べて恣意(しい)的な判断があると認められるならば、許されないだろう。
 
  筆者:今井淑英、籔本亜里