競売で手に入れた家が

 彼女(41)はグラフィックデザイナー、夫(44)はコピーライターで、ともに自宅が職場を兼ねていた。最近仕事が忙しく、10年間住んでいた借家が手狭になって、2人は引っ越しを考えた。どうせなら古くても好きなように改変できる家がいいと思った。

  そんなとき友人から「競売物件もいいんじゃない。値段も普通より安いわよ」と聞いた。雑誌などで話題になっていることは知っていたので、夫も面白がり、さっそく2人は裁判所に出かけた。入札物件の記録を閲覧するためだ。

  数十件の物件について事件番号、所在地、交通、間取り、最低売却価格などが公告されていた。競売不動産を選ぶときの重要な基本情報が、物件明細書、現況調査報告書、評価書という「3点セット」だということも知った。

  彼女たちは900万円以内で2人の仕事場が確保できる物件を探した。すると、やや交通は不便だが、広さ70平方メートルで800万円、借地権付き建物というのがあった。

  3日後、現地に行ってみると、値段相応に古く、中には人がまだ住んでいた。

  「住んでいる人がいると面倒かなぁ……きっともめるんだろうな」。夫がその家の門前でつぶやいていたら、偶然にも家のあるじが出てきた。白髪の中年の男性。いきなりでびっくりしたが、彼女はこの際だと思って声をかけた。

  「この家、競売に出されているんですよね?」。彼女の問いに、男性は半ば達観したかのように言った。「事情があってね……仕方ないよ。ただ、土地は地主に確認したほうがいいよ」

  例外的なことだろうが、家の中まで見せてもらった。間取りは希望と合致していた。

  その後数件を回ったがここほどの印象はなく、結局この物件に入札して売却許可を得た。代金を納付し、登記の移転も完了。改めて現地に行くと、あの中年男性もいなくなっていた。

  ところが2週間後、その土地の地主から電話がきた。「あの家には住めないよ。借地権を解除したから」

  突然の言葉の意味が、すぐには彼女にはわからなかった。「裁判所の書類には借地権付きってありますよ。間違いじゃないですか?」

  「違うよ。あの借家人がずっと地代を払わないから、借地権契約を切ったんだよ」

  彼女は地主の話から、借地権契約が売却許可決定日の4日前に解除されていたことを知った。

  借地権のない家なんて家じゃない……。彼女はその場にぼうぜんと立ち尽くした。
 
 
代金は債権者に返還請求を

このケースでは、裁判所の現況報告書などには「借地権付き」とあったのに、売却許可決定日の直前に地主が建物(競売物件)の所有者(借地人)と結んでいた借地権契約を解除していた。裁判所の執行官が作った現況報告書は、閲覧日や売却許可決定日とタイムラグがあるために、必ずしもその時々の現況を正確に反映しているとは限らない。

  借地権がなければ、彼女はその家を壊して土地を明け渡さなければならず、そんな家を買う理由はない。彼女はこの競売を解除して、払った代金分を取り戻したいが、競売物件の元の持ち主に資力はない。このような場合、競売物件の持ち主に貸し付けをしていた債権者が競売代金から貸付金を回収しているので、そこから彼女の払った代金を返還するよう請求できる。

  競売物件には、確かに値段のわりにいい物件があるのも事実だが、権利関係の処理や占有者の排除など、入札・落札時に注意を要する問題がある。一度は弁護士などの専門家に相談する方が無難だ。
 
  筆者:大迫惠美子、籔本亜里