紙切れ2枚が彼(58)の「一生の不覚」の始まりだった。
「とりあえずここにサインだけしてくれ。あとはオレに任せろ。心配するな」
高校時代の同級生の太郎(57)がそう言って差し出した用紙に、彼が署名押印をしたのは2カ月ほど前のことだ。紙には「委任状」のタイトルだけがあり、代理人欄も、委任事項も白紙だった。しかし、資金繰りに困っていた彼は、「新たな融資のめどが立った」と胸をなでおろした。
彼は20年前に工作機械を製造販売する会社を立ち上げ、小さいながら順調にやってきた。ところが2年ほど前、主な取引先だった中小メーカーが相次いで倒産。途端に資金繰りが苦しくなり、新たに借金をしなければ会社が立ち行かなくなっていた。
そんなとき、同窓会で久しぶりに太郎と再会した。経営コンサルタントをやっているという。彼が悩みを打ち明けると、「知り合いの金融業者に融資を頼んでやる。変な消費者金融よりはずっと信用できる」と太鼓判を押した。
さっそく2日後、融資の了解が得られそうだと太郎が連絡をよこした。「1000万円融資してもらうかわりに、君の土地に担保をつけるよ」
彼には2年前に親から相続した土地があった。太郎は、土地を登記するための印鑑証明や土地の権利証などの書類を彼に準備させ、さらに委任状2枚へのサインを求めたのだった。
いわゆる白紙委任状だったが、太郎は「登記のための委任状さ」と説明した。「大丈夫。少し待っていてくれ」
ところが、2週間、3週間待っても太郎から連絡が来ない。別件で土地の登記簿を取り寄せたとき、彼は事態が思わぬ方向に進んでいたことを知り、仰天した。彼の土地が、見ず知らずのA社の借金のかたにされていたのだ。
多額の借金を抱えていたA社は新たな借金をしたかったが担保もなく、太郎に担保の提供者を探してもらっていた。そこで太郎は、彼から預かった白紙委任状と権利証などを流用した。A社の社長は、委任状の代理人欄に自分の名前を書いて勝手に彼の代理人となり、彼の土地を担保に貸金業者から融資を受けたのだった。
彼はすぐさま、貸金業者に「私の土地に設定した担保を外してもらいたい」と申し出たが、応じてもらえなかった。「融資を受けるのは自分のはずだったのに」。彼は唇をかみしめた。 |
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