2年前、彼(48)は彼女(46)と結婚した。2人とも再婚で、前の配偶者とはどちらも離婚だった。2人は大学時代の同級生で、一時つき合っていた仲。学部後輩の卒業パーティーでの久々の再会を機に、当時すでに離婚していた2人は急接近した。
彼は鉄鋼メーカー社員、彼女は銀行のキャリアだった。再婚にあたり、2人は、生活にかかるお金は折半する、という「ルール」をつくった。
これには理由があった。彼女の前夫は金遣いが荒く、自分の給料をほとんど家に入れなかった。一方、亭主関白タイプの彼は、前妻に必要最小限の生活費しか渡さなかった。結局それが、それぞれの別れる原因になった。
1年前、彼は脱サラして居酒屋を始めた。長年の夢だったのだ。開業資金は、退職金や預金、さらに親からの借金でまかなった。
突然とはいえ、彼女は反対しなかった。当時、彼女自身も外資系金融機関への転職に成功し、収入がアップして気持ちに余裕があったからだ。
ただ、2人の転職は「ルール」を微妙に変えはじめた。現金収入の点で彼女のほうが上になったので、彼女は「自分の負担を増やしてもいい」と提案した。彼は意地もあって最初は断ったものの、現実的に収入が大幅にダウンしたため、受け入れた。食費全部と家賃の3分の2を彼女が、家賃の残りと光熱費、通信費、車のローンは彼の負担。また、彼が退職時に切りかえた国民年金と国民健康保険も自己負担にした。
「そのうち稼いで元に戻すさ。男の意地だ」。彼はそう言っていたものの、1年近くたっても客足は伸びず、赤字が増え続けた。しかも半年前には、隣の駅に居酒屋のチェーン店がオープンした。おかげで、店の賃料を払うのがやっと。用意していた資金も目減りするばかりだった。
「厳しいなあ……」
帳簿をつけながら、彼が思わず彼女の前でつぶやいた。
「収入が少ないんだったら、支出を減らさないとね。年金や保険料って、サラリーマンの妻は払わなくていいらしいけど、私たちの場合はどうなのかしら」
彼女が彼の顔色をうかがいつつ言った。
「あれは扶養家族だからだろ。おれがお前の扶養になるってことか?」
彼はとんでもないという顔つきをしてみせた。しかし、帳簿の何ページにもわたる赤字に気持ちは沈むばかりだ。 |
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