家の本当の持ち主は?

 一見のんびりした信州のある町で、彼女(58)と夫(58)はトラブルに巻き込まれてしまった。

  結婚して30年、東京でずっと共働きをし、去年そろって定年を迎えた2人が、さあこれからどうしようかと思っていたころ、それまで病気一つしなかった信州に住む彼女の母(80)が倒れた。命に別条はなかったが、末娘の彼女がしばらく近くにいることになった。夫も一緒についてきたところ、すっかり信州を気に入ってしまい、「ここに住もう」と言い出した。

  すぐに家探しが始まった。しばらくは賃貸でいいと思っていたが、彼女の高校時代の友人が「当たり物件」を紹介してくれることになり、話が購入の方向へと急に進んだ。

  「知り合いのコン君がね、格安で譲ってもいいって前から言っているの。一度見に行ってみたらいいわ」

  こう言う友人の紹介で、さっそく彼女たちはその昆氏に会ってみることにした。地元で農業をしているという彼が案内してくれた家は、床面積60平方メートルほどの木造一戸建てで築12年の家だった。

  「おれたち2人で暮らすには十分じゃないか。まだ新しいし」。夫がもうこれに決めたといった感じで言った。しかし、彼女はその家が貸家になっていることが気になった。そんな彼女の様子を察してか、昆氏が説明した。

  「貸家なんで今は住んでいる人がいますが、4カ月後に引っ越すことになっています。きれいにしてお渡ししますよ」

  彼女たちはその後もいくつか物件をあたったが、昆氏の一軒家より条件がいいものはなく、結局その土地と建物を数千万円で買うことになった。登記移転などの手続きは、昆氏が自らやってくれた。

  「掘り出し物が見つかってよかったな」

  夫と彼女が喜んでいたのもつかの間、この売買には落とし穴があった。

  契約から2カ月後、昆の兄と名乗る会ったこともない人物から突然連絡がきて、「あの土地と家は自分のものだから登記を元に戻してくれ」といってきた。

  「事情あって土地の名義を弟にしていた。家を賃貸に出したのは自分だが、所有権の保存のための登記をしていなかったので、弟が自分名義にしてしまった」という。

  しかも、4カ月で引っ越すはずだった借家人も、「そんな予定は全くない」と突っ張っているという。彼女たちはキツネにつままれたようで、この先どう対処すべきか、不安が募っている。
 
 
土地の所有権は認められる

土地に関して昆氏と兄の間で、名義を昆氏にした事情や、昆氏の処分が兄に無断だったことについて彼女たちは全く知らなかったし、そのような虚偽の事情を作り出した兄の責任は重い。従って、彼女たちは土地の所有権を取得できる。

  一方、建物については、兄名義の所有権の保存の登記がないのをいいことに、昆氏が無断で自分名義にしているので、この場合は兄に全責任をとれというのはやや酷。建物に関しては昆氏の兄に所有権が一応あるといえる。

  もっとも、彼女たちには土地の所有権が認められるため、その土地の上に建つ利用権のない建物を取り壊すように昆氏の兄に請求することができる。そして、建物の賃貸借関係も、その建物がその土地に建てられない以上、土地所有者に対抗できない。したがって、彼女たちは借家人に出ていくように請求することもできる。

  不動産を購入するときは、権利関係を慎重に確認して決断するように注意したい。
 
  筆者:功刀美津保、籔本亜里