電話の向こうで、亡き娘の夫(41)が、押し殺した声で言った。「保険金だって遺産でしょう? おれは彼女の夫なんだから、もらう権利があります」
彼女(64)は、半年前に一人娘(38)を白血病で失った。その娘が残した生命保険金6000万円の受取人が、夫ではなく母である彼女になっていたことで彼は憤慨し、彼女に何度も電話をかけてくるのだった。
「私から言いたくもないことだけど、娘はあなたに失望していたのよ」
彼女は娘の連れ合いに対し、何度も同じことを言い続けている。
娘と彼が結婚したのは10年前。学生時代からのつき合いだった。彼は大手の証券会社に勤め、娘は外資系金融機関でバリバリのキャリアウーマン。子どもには恵まれなかったが、外見上は順風満帆のカップルだった。
しかし、結婚生活は5年目あたりから亀裂が入っていた。仕事のストレスが原因か、彼は酒を浴びるように飲むようになり、注意すると暴力をふるう。外泊も増えていった。娘はしばしば彼女に愚痴をこぼすようになった。
それでも娘は、彼がいつか立ち直ってくれると期待していたようだった。だが、彼が娘の預金通帳を勝手に持ち出して200万円を引き出し、遊びに使ってしまったことがあり、娘の我慢も限界に達していた。
そんなとき、追い打ちをかけるように白血病を発病したのだった。彼女は娘の相次ぐ不幸に打ちひしがれた。
亡くなる2カ月ほど前、娘は彼女の家に泊まりにきた。
「お母さん、女手ひとつでここまで育ててくれてありがとう。彼のことで余計な心配をかけてごめんね。でも、それももうすぐ終わりだと思うわ。それより、私が気になるのはお母さんのことよ」
そう言うと、娘は結婚する直前と直後に入った生命保険の証書を取り出した。そして、受取人を夫から彼女に変更すると言った。
娘が亡くなり、保険金は彼女が受け取った。それを知った娘の夫はこう主張する。
「受取人を死ぬ直前に変えたってことは、お母さんに財産を贈与したのと同じでしょう。6000万円ですよ、6000万。おれだって相続人なんだから、遺留分ぐらい請求できるはずだ」
「あなた、娘とろくに話もしなかったくせに、よくそんなことが言えるわね」
彼女はもう何も言いたくなかった。娘を亡くした今、お金が欲しいわけではない。娘の気持ちをわかってほしい。彼女は心のなかでこう叫んでいた。 |
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