3カ月前、父親が脳梗塞(こうそく)で突然亡くなり、彼女(46)と兄(48)、弟(44)が久しぶりに実家で顔を合わせた。慌ただしく葬儀を済ませ一段落したところで、彼女は特別な意図なく言った。「この家はお父さん名義なんでしょ。お母さんの名義にしないとね。通帳なども名義換えが必要ね」
すると、兄が母(75)に尋ねた。「おやじはほかに財産を持っていたのかい?」
「さあ、どうだかね。お父さんが『大蔵省』だったからね。通帳のお金が多少あったと思うけど」
母が疲れた表情をしながらもほほ笑んだ。大手証券会社を勤め上げた父は、家でもお金の管理の一切を仕切っていた。母は毎月の生活費をもらう以外、家のお金がどうなっていたのかよく知らず、目ぼしい財産はなさそうだった。
翌日、彼女たちが自宅に帰ろうとしていると、母が奥から数枚の書類を持ってきた。
「これ、お父さんの書斎にあったんだけど、お前たちわかるかい?」
証券会社の封筒の中に、1年半前からの日付順にとじられていた書類には、彼女には意味不明な金額がいくつも記載されていた。
「これって投資用不動産の書類だよ。おやじ、2種類の投資をしていて、家賃収入をもらっていたんだ」
弟は金融マンだけあって、書類を見るや目を輝かせた。彼女たちも居間に戻り、調べてみると、都心のオフィスビルへの投資で、結構利回りがいい。「将来、『お宝』になるかも……」。書類を読んでいた弟がつぶやいた。
「どうしよう。長男だからお前がこれ持っていくかい」と母が兄に言うと、弟が割って入った。「いや、母さん、みんな公平にしようよ。公平に」
「でも、兄さんは昔お父さんが困っていたときにお金の援助をしたこともあるし」と彼女が言いかけると、弟が遮った。「もう10年以上前の話じゃないか。そうだなあ、共有にするってのはどう?」
弟の提案に、今度は彼女が反論した。「共有って面倒だと聞くわ。売りたいと言っても自分だけでは決められないし、管理とかで意見が食い違うこともあるし、将来だれかが亡くなったら子供たちに相続の面倒をかけるわ」
話を黙って聞いていた兄が弟に言った。「お前の単独所有にしてもいいよ。その代わり、それに相当する金額をおれや姉さんに払うというのはどうだ?」
弟の顔が一瞬引きつった。「払うったって、おれにそんな金があるわけないじゃないか」
「お宝」はだれのものなのか、話は迷走を続けた。 |
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