遺産で返済可能でしょ

 人材派遣会社を経営する実業家の彼女(54)はこのごろ、貸した金を踏み倒されるのではないかと、不安に思っている。

  彼女は6年前、学生時代から仲が良い友人(55)から頼まれ、事業資金として700万円を貸した。その際、彼の借金の連帯保証人となったのが、彼の友人のA(56)だった。

  Aはテレビタレントのマネジャーをしていて、当時は派手な格好をして羽振りも良さそうだった。身なりも言葉づかいもきちんとしていたし、悪い人には見えなかった。何より、友人の力になりたいと思ったから、彼女はAを保証人として信頼し、友人に金を貸した。

  当初は友人の事業も順調で、彼女への返済も少しずつあった。だが4年前から事業が傾き、ついに返済が滞った。友人は生活もままならず、返済どころではないらしい。そこで、彼女はAに対し、連帯保証人として金を返して欲しい旨を打診した。

  ところがAから返ってくるのは「おれには財産がないから、借金の肩代わりはできないよ」という言葉ばかり。

  「だってあなた、羽振りよくしていたじゃない」

  「当時はよかったけど、不況で仕事がなくなってね」

  彼女はうんざりしてきた。このままではらちがあかない。

  ちょうどそのころ、彼女は知人から、Aが7年前に、親から土地と家を相続しているという話を聞いた。

  「財産がないことはないでしょ。あなたには相続した家があるじゃない」

  彼女は、もう言い逃れはさせまいと、Aに迫った。

  「あ、あの家のことか。忘れていたよ。でもあれは弟と共同相続しているし、登記は親名義のままなんだ。弟と相談してみるよ」

  Aの言葉に彼女は少し安心し、2週間後に返事をもらうことにした。

  ところが、である。2週間後、Aはこう言った。「あの家、弟と話し合って弟が全部相続するように分割協議をしたんだ。おれは財産に執着ないし、それでいいかと思ってね」。家は弟の単独相続にし、その旨の登記の申請もすませたという。弟はAの意図を知っていたようだ。

  「それでいいか、とは何よ。あなた、やっぱり踏み倒すつもりだったのね!」

  「遺産をどう分けるかは相続人の話し合いで自由だろ。とにかく、これでおしまいということで……」

  Aのあまりのやり方に、彼女は開いた口がふさがらなかった。
 
 
取り消し権使い協議否定を

借金の返済や保証などの責任を負う人(債務者)が、貸金返還を請求できる人(債権者)の利害に反することを意識しつつ、自分の財産を減らす法律行為をした場合、一定の要件を満たせば、債権者はその行為の取り消しを求めることができる。これを詐害行為取り消し権という。

  このケースでは、Aは債権者である彼女を害することを知りながら、遺産を弟に単独で相続させる遺産分割協議をしている。遺産分割協議は、相続財産の帰属を確定させるもので、財産権を目的とする法律行為ということができるから、取り消しの対象となりうる。

  また、Aの弟も、この遺産分割で彼女の請求が事実上できなくなることを知っていたとみられる。従って、彼女は詐害行為取り消し権を行使できるだろう。それにより、Aの弟が単独で相続する遺産分割協議は否定される。Aには自身の持ち分の遺産が相続されるから、それを前提に、貸金分の返還を求めることができるだろう。
 
  筆者:大迫惠美子、籔本亜里