夫の愛人に家取られた

 父が残してくれた家を「あの女」にとられ、彼女(56)の心はまた壊れてしまいそうだった。「あの女」とは、夫(60)が長年付き合っている相手のことだ。

  東北地方に住む彼女が結婚したのは26年前だ。地元の商社で隣り合わせの席だったのがきっかけで、すぐに意気投合した。しかし結婚後はお互い忙しくてすれ違いが多く、夫はどこで知り合ったのか、いつしか「あの女」に心を奪われるようになっていた。

  9年前、彼女が担当していたプロジェクトに大穴が開いてしまい、上司が左遷された。彼女も周囲の冷たい視線のなかで後始末に追われ、深刻なノイローゼに陥り、完全に心の歯車を狂わせてしまった。やがて退職し、長い入院生活を余儀なくされた。

  彼女の病状は悪化し続け、一時期、ものごとを判断して行動する力がなくなってしまった。そのころ夫は、家庭裁判所に後見開始の審判を申し立て、彼女に代わって財産管理や法律行為をする後見人に選任された。

  最近になって、彼女は幸運にも長い闘病生活から立ち直ることができた。1年前には無事退院することができ、後見の審判も取り消された。

  ところが、退院して衝撃的な事実がわかった。稼ぎをずっと「あの女」につぎ込んでいたらしい夫は、彼女が入院するや否や、彼女が所有する家を贈与していたのだ。彼女が父から相続したものだったが、未登記で空き家になっていた。夫はそれを「自分のものだ」と偽って住まわせたのだった。

  しかも、夫が後見人に選任されるとさっそく、自分で勝手にやった「あの女」への贈与を「追認」し、有効な行為として確定させてしまった。7年前のことだ。彼女はずっと入院していたため、また、問題の家は離れた場所にあったので、彼女や親類はこうした経緯についてまったく気づいていなかった。

  事態を知った彼女は、夫につめよった。しかし「ああ、あれか。世話になったんでね。何とかするように言っておくよ」などと言って逃げ回り、家をあけるだけだった。

  「あの女」にも家を返してほしいと再三訴えたが、「彼がくれたんだし、今では私の家よ。どうして返さなくてはいけないの」と、まったく悪びれる様子はない。

  夫婦生活を満足にしてこなかった自分が悪いのだろうか……。彼女は大粒の涙をポツリポツリと落とすばかりだ。
 
 
代理権の乱用あり贈与無効

彼女が自分の家を取り戻すためには、夫が無断でやった贈与が無効であると言えればよい。ただ、このケースでは、夫が後見人就任後、無断でやった贈与を有効なものとしてしまう「追認」をしているため、贈与が無効といいきれるかどうかが問題となる。

  成年後見の制度は、痴呆(ちほう)症の人や知的障害者、精神障害者など、判断能力の不十分な成人を保護するための制度で、後見人は、被後見人の財産管理権と、代理権を持つ。

  しかし、後見人の追認が、自分の利益のためだった場合には、代理権の乱用があったといえる。そこで、贈与の相手方が後見人の意図を知っていたか、知ることができたような場合には、その贈与は無効になると考える。

  このケースでも、贈与の相手の女性は彼の意図を知ることができたので、家の贈与は無効であり、彼女は自分の家を取り戻すことができるだろう。

  なお、5年前に法改正があり、現在では、成年後見人が被後見人の居住建物などを処分するには、家庭裁判所の許可を得なければならないことになっている。
 
  筆者:本橋美智子、籔本亜里