それがわかったのは、ほんの偶然だった。
先月、彼女(50)は買い物帰りにふと気になって、売りに出そうとしていた自分の土地に車で立ち寄った。自宅からやや離れているが、JRの駅に近く立地はよい。
着いてみると、遠方からやってきたとみられる家族5人が、建築士らしい男性と一緒になって図面を開いていた。
「あの、ここで何をしているんですか?」。彼女は、自分の土地に了解もなしに入っている彼らを不審に思い、声をかけた。
「家を建てるんで、図面と照らし合わせながら位置関係を確認しているんですよ。あなたはご近所の方?」。その家族のあるじと思われる男性が親しげに答えた。
「それ、どういうこと? ここは私の土地よ」
彼女は仰天した。
「何言っているんですか。私たちが最近ここを買ったんですよ」。そう言うと男性は土地の権利証を差し出した。確かに、そこには売買によって所有権が彼に移転していることが示されていた。
しかも移転元は、彼女がこの土地の売却を任せようとしていたA不動産だった。A不動産は、彼女からこの土地の登記の移転を受けたことになっていた。
「私は登記を移転などしていない! 業者が無断でやったことよ。だまされたわ!」
彼女は権利証を持つ手を震わせた。
「そんなこと言われても、私たちはもう数千万円も払ったんですから。どんな事情があったにせよ、私たちは何も知らなかったことですよ」。男性はふり向いて建築士との打ち合わせを続けた。
彼女はいたたまれなくなった。その土地は、亡き父が彼女に残した唯一の財産で、それを売却して彼女は老後の資金に充てるつもりだった。
問題のA不動産は、自宅のポストに入っていたチラシで知った。3カ月前、A不動産との間で代金の支払いと引き換えに、所有権移転及び所有権移転登記手続きをする、との話はしていた。その際、彼女は地目の変更が必要だと告げられ、言われるままに登記済証、印鑑証明書、白紙委任状などを渡していた。
「不動産取引のことは難しくてわからなかったから任せただけなんですよ」。彼女は地元の役所に出かけて相談した。
「それはあなたが悪いですよ。権利証や白紙委任状を渡すなんて。業者を追及できても、何も知らなかった現在の名義人からは取り戻せないでしょうね」
彼女は絶句。A不動産に何度も足を運んだが、扉は閉じられたままであった。 |
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