家相続の母にしわ寄せ

 彼女(41)はいま、老いた母(73)の暮らしをどうしたらいいか、悩んでいる。5年前に父が72歳で亡くなったときは、何の心配もなかったはずだったが……。

  父は電機部品を製造する中小企業の役員を勤め上げて7年前に引退したが、ある朝脳梗塞(こうそく)で突然亡くなった。遺言を残していなかったので、母と兄(45)、姉(43)、彼女の4人で遺産を分割した。

  分割対象となった遺産総額は約9600万円。内訳は、父と母が暮らしてきた土地と建物の評価が4500万円。父が9年前に副収入のために買った賃貸用マンションが2000万円、預貯金が2300万円、株式債券が評価額で800万円だった。

  当時兄が「この家と土地は当然お母さんものだ。問題は残りをどう分けるかだな」と切り出し、「マンションは管理もたいへんだし、おれが引き受ける。その他の財産はお前たちで分ければいい」と言ったため、姉と彼女は兄にマンションを譲ることにした。

  姉は進学期の子どもが2人いたので現金を望んだ。彼女は独身で結婚の予定もなく、当時は財産に執着もなかった。だから、残りの預貯金と株式債券は、姉が預貯金1千万円、株式債券600万円、彼女が預貯金800万円、株式債券200万円、母が預貯金500万円で分けることにした。「私は年金でやっていくわよ。貯金も少しあるし」と言った母への預貯金の分割が一番少なくなった。

  ところがその後、誤算が生じた。それまでほとんど修繕を要しなかった築15年の家が、ここ数年で外壁がはがれたり、雨がしみこんできたりして、数百万円を投じて修繕を重ねなければならなかった。固定資産税の支払いや孫へのお祝いなどもあって、遺産分割で受け取った母の500万円は、あっという間になくなろうとしていた。

  彼女はそんな母の様子を見て心配になり、兄や姉に「お金の援助をしましょうよ」と相談をもちかけた。

  「おれは現金をもらっていないし、マンションだって管理費用はけっこうかかるんだよ」。兄は自分の家を建てる計画もあるらしく、渋い顔をした。

  「うちの子、私立に進学したから結構キツキツでやってるのよ。あなたは1人だし、お母さんを助けてあげてよ」と、姉の返事もつれない。不満も言わず質素に暮らす母に、彼女は最後の親孝行をできないかと思案している。
 
 
遺産分割には長期的視野を

遺産には、大きく分けて土地や建物の不動産と預貯金や有価証券などの動産がある。不動産は維持費がかかり、古い物件ほど換金性が劣る場合が多いので注意が必要だ。遺産の性質を吟味し、相続人の固有財産や将来の資金用途なども考慮しながら、公平に分けることが後々のトラブルを防ぐ上で重要である。

  このケースでは、母が遺産総額の半分以上を承継してはいるが、現金の相続が少なかった。母固有の貯金もわずかなために、家の維持費などで生活費にしわ寄せが来ている。母の生活予備費などを考えれば、子は自分で稼げるので、母に現金を積み増し相続させた方がよかった。

  今となっては、生活費を確保する策を考えるしかない。家の維持費を減らし、手元の現金を増やすために、母の土地と家を売却し、彼女の資金と合わせて母と一緒に暮らすマンションなどに買い替える選択も一つの策である。

  遺産分割の際は、長期的視野を持とう。残された人に収入がなければ、生活費以外にも家の修繕、病気など不測の事態に備え、現金を手厚く相続させる方がよいだろう。
 
  筆者:山上芳子、籔本亜里