新地主が突然「通るな」

 「ここはうちの土地ですよ。勝手に通るのはやめてくれません?」

  都心の一角、公道から奥まったところにある彼女(34)の家にとって、公道への通行路は暮らしの生命線だ。ずっと使ってきたその通行路を使うなと、新しい所有者が言ってきたのだ。

  彼女の家の敷地を含めた土地全体はもともと、A氏が持っていたもので、一部が公道に面した細長い形をしていた。A氏は公道に面した2区画と面しない2区画の計4区画に区切り、公道に面する1区画(乙地)はA氏がそのまま所有し、残り3区画を宅地として売り出した。

  彼女は5年前、そのうちの公道に面しない1区画(甲地)を比較的安い価格で購入し、一軒家を建てたのだった。公道に面しないのは不便かと思ったが、南側に高い建物などがなく、日当たりが良いことが気に入った。

  甲地の売買契約の際、公道への通行に関して、彼女は自費で砂利を敷き、A氏との間で乙地を通行路として無償で使用することを暗黙に合意し、特に期限も定められなかった。以来、彼女の家族は乙地を車や歩行の通行路として使用してきている。

  その後、彼女が購入した区画以外は結局売れなかったようで、A氏は3年前、乙地を含めた3区画をB氏に売却した。B氏もやはり、彼女たちが乙地を公道への通行路として使うことを認めてきた。だが半年前、C氏に乙地を含めた3区画を転売した。

  「ここ(乙地)を使うなら相応の取り決めをしないといけませんよ」とC氏は言う。

  「5年前私たちがこの家を買ったとき、ここを通行できることは当時の地主さんと了解していたわ。その後の地主さんも、私たちが通行することを認めてくれていたわよ」

  彼女は、言いがかりとも取れるC氏の言葉に反発した。

  「私は前の地主さんから何も聞いていませんよ。そもそも、あなた方にここを自由に通行する『権利』がきちんとあるのですか?」

  彼女は一瞬戸惑った。「権利」としての明確な合意があったとはいえないかもしれないと思ったからだ。

  「でも、あなたの方だって、私たちが毎日のようにここを通って公道に出ていることはわかっているはずでしょ。通れなくなったらどこへも行けなくなるのよ」

  そう言ってみたものの、その先彼女はどう切り返したものか、言葉につまった。
 
 
暗黙の了解でも通行権ある

ある土地から道路に出るために他人の土地を通らなければならないときに設定される権利を通行地役権(以下通行権)という。

  通行権は通常、通行路を必要とする土地の所有者と、通行権が設定される土地の所有者の合意で成立する。登記をすることもできる。

  このケースでも、彼女は自費で通路を開設しており、A氏、B氏との間には暗黙の了解だとしても、通行権は成立していた。問題は、通行権を登記していないようなので、乙地を買い受けたC氏にも通行権を主張できるかだ。

  この点、通行権が設定されている土地が譲渡されたとき、その土地が継続的に通路として使われていることが客観的に明らかであり、かつ、土地の譲り受け人がそのことを認識していたか、認識することができたときは、特段の事情がない限り、通行権を主張できると考えられる。そのような状況では、土地の譲り受け人は通行権の有無や内容を容易に調査できるので、通行権の負担があるものとして譲り受けたといえるからである。このケースでも、彼女はC氏に通行権を主張できる。
 
  筆者:大迫惠美子、籔本亜里