浮気夫よ慰謝料払って

 夫(44)との離婚調停はすでに3回目。裁判所の外に出た途端、彼女(45)はぐったりと疲れが出てきた。離婚はほぼ合意していたが、金銭面で再び不調に終わった。

  彼女が結婚したのは20年前。高校生の一人娘(17)がいる。5年前まで大手メーカーで服飾デザイナーをしていたが、自分の個性をウエディング関係のデザインに生かしたいと思い、都内の専門店に転職した。幸い式場の知人の紹介もあってオーダーが絶えることはない。毎日のように白いドレスのデザインと仮縫いに追われたが、年収1000万円は稼げるほどになった。

  仕事が順調になったころ、夫の浮気相手の女性から、職場に手紙が届いた。文面は悪びれもせず、単刀直入に彼女に離婚を迫っていた。

  広告会社に勤める夫は、これまでも女性スタッフとのうわさが絶えなかった。彼女がことごとく目をつむり、大事には至らずにきた。しかし、今回は違った。相手の女性は妊娠していた。夫の子どもを産む決意だという。

  夫の外泊が増え、彼女は娘と共に家を出た。言い訳を重ねる彼の顔を見るのはもう我慢できなかったのだ。友人の「そんな女癖の悪いダンナとは別れちゃいなさいよ。あなたは収入も十分あるんだから」という声に後押しされ、彼女は別れる決心をした。

  交渉能力に自信があったから弁護士を頼まず、離婚調停を申し立てた。真新しい、品のいいグレーのスーツに身を包み、調停に臨んだ。

  ところが、初回から調停は思うように進まなかった。問題の一つは、10年前に買った夫との共有名義のマンション。住宅ローンのかなりを彼女が支払ってきたが、まだ1000万円残っている。彼女は慰謝料・財産分与として夫に住宅ローンを完済してくれるよう求めたが、夫はマンションを出ていく代わりに一切債務を支払うつもりはない、と主張してきた。

  また、最近娘が海外の大学に進学したいと言い出した。願いをかなえてあげたい一心で、生活費を除いた年間約200万円の学費の負担を夫に求めた。しかし、「おれに蓄えがないことは知っているだろ。お前のほうがおれより収入が上じゃないか」と、夫は難色を示し続ける。

  何より、不貞の夫を糾弾してくれるはずの調停委員の反応がよくない。夫を真剣に説得しているように思えない。

  「私が稼いでいくしかないかしら。なんで浮気をされた私がこんな思いをしなくちゃいけないの」。彼女は足を引きずるように帰途についた。
 
 
収入多いと費用負担も重い

十分な収入のあるキャリアウーマンの離婚には、落とし穴がある。まず慰謝料。支払う側が相当な資産家でもない限り、現実には予想以上に低額だ。養育費も、子どもに必要な生活費などを双方の収入に応じて分担することになるので、収入の多い側の負担が重くなる。

  彼女は自分名義の預貯金は自分のもの、と考えているかもしれない。だが、法律上は、婚姻中に形成した財産は夫婦の共有であって、名義にかかわらず、現存する財産を財産分与として分けることになる。結局、金銭面の問題は、支払う側の気持ちと支払い能力次第なのだ。

  また、調停委員も人間だ。上等なスーツ姿の彼女の生活維持のため、風采(ふうさい)のあがらない夫を説得するだろうか。意外に服装は重要。無難な色や、はき慣れた靴などを選ぼう。

  そもそも離婚は、それまで2人分の収入で支えてきた生活を1人分の収入で賄うことに近い。生活のレベルダウンは避けられない。決断する前によく考えたい。
 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里