タダの点検高くついた

 ことの発端は1カ月前、彼女(55)の自宅玄関のインターホンから聞こえてきた声にあった。

  「奥さまですか。無料で屋根の点検をしています。お住まいの安全のためにぜひいかがですか。無料ですから」

  玄関に出ると、作業服を着た2人の男が立っていた。

  「築20年くらいのお宅のようで。屋根の傷みが気になるところですよね。数時間で済みますのでお試しください」

  雨漏りがあったわけでもないが、確かに家を建ててから屋根の点検をしたことがない。一度はやっておくべきか、と思った。

  「本当に無料ね?」と彼女は念を押し、点検を受け入れた。数時間後、点検の結果だと言って男たちがビデオを見せてくれた。

  「お宅の屋根の様子を撮影しました。ご覧のように瓦がはがれかけ、割れかかっています。そのうちすき間から雨が入ったり、風が強いと瓦が飛んだりしてご近所にご迷惑をおかけする危険もあります。この機会にぜひ修理をしておくべきだと思いますが」

  男は画面を指し示しながら説明した。確かに映像の中の屋根の損傷はひどかった。彼女もそのとき、修理の必要があると考えた。

  すぐさま提示された見積もりは250万円だった。

  「こんなに? うちにはそんなお金もないし、無理よ」と言うと、「ご心配なく。ちょうど今日までキャンペーン中で、170万円でOKです。分割払いを利用していただくこともできますから」。

  彼女は夫に相談すると言ったが、男はそれには答えず言った。「今予約がいっぱいなんですが、ちょうど明日キャンセルが出たので、明日工事をやってしまいますね。お支払いは分割払いで。ここにサインをいただけますか」

  彼女は断り切れず、ついサインをしてしまった。

  翌朝、業者がやってきて工事を終えた。数日後、彼女が業者に分割払いの総額を確認してみると、200万円。

  「今さら解約はできません。お支払いがないなら金融機関のブラックリスト行きですよ」

  業者の口調は威圧的で、彼女は何も言えなかった。

  いま思えば、男たちに見せられたビデオが自分の家の屋根だったか疑わしい。屋根しか映っていなかったし、そもそも、自分の家の屋根など一度も見たことがなかった。

  「本当に修理の必要があったのかしら」。
工事が終わった今となっては仕方ないのだろうか……。
屋根はとりあえずきれいになっていた。
 
 
専門家に相談し、返還請求も

屋根の修理、白アリ駆除、住宅設備の工事などは、顧客の勧誘手段として無料の点検サービスがよく使われる。

  このケースのように契約を「店舗」以外でした場合は、特定商取引法の「訪問販売」にあたり、勧誘時に、顧客の判断に影響を及ぼす重要な事柄について不実を告げたり、契約解除を妨げるために威圧的な態度をとったりすることは禁止されている。また、申込者は申し込みの書面を受け取った日から8日以内なら原則として解約ができる。

  ただ、点検商法では役務提供後に解約することが多く、そのような場合は実際に受けた利益分は支払わなければならない。でも、複数の業者やメーカーに工事費用の見積もりを出してもらって適正な価格を判断し、支払い額からその分を差し引いた金額の返還を求めることができよう。そのためには、点検、修理の様子はぜひビデオなどに記録しておこう。今回のケースでは修理内容が把握できてないので、専門家を間に立てて交渉した方がよさそうだ。
 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里