遺産 気づけばカヤの外

彼女(44)は中堅ホームセンターに勤め、毎日店頭に並ぶ鉢植えの花の販売を担当している。独身で、6年前に転職し、いまの職場に移った。四季折々の花と語らうことで、気持ちが落ち着く。

  そんな彼女の悩みが始まったのは、去年の秋からだ。母の一周忌で田舎に帰ったとき、親類の会話のなかで、兄(47)の息子(19)が母の財産を相続していることを知ったのだ。

  「あれ? お前に言ってなかった? 母さんが亡くなる2週間前に、自分の財産は孫にあげたいと言い残したんだよ」

  兄は当然と言わんばかりに彼女に言った。20年前、彼女が都会に出てからも、兄夫婦がずっと田舎で母の世話をしてきたからだろう。おいもおばあちゃん子というくらい、母に可愛がられていた。彼女もその時は「そんなもんだろうな」と思った。

  しかし、よくよく話を聞いてみると、それだけではなかった。

  3年前に亡くなった父の所有していた不動産が、今から12年も前に母と兄に生前贈与されていたのだ。

  父は17年前までは小さな会社を経営していたが、取引先にだまされて倒産。晩年は、母と兄に贈与した不動産以外には財産らしい財産はなかった。母と兄もそのことは十分承知していたはずだ。

  母が亡くなり、父の遺産のほぼすべてが兄とおいの手に渡ったことになる。

  「そんな大事なことをどうして教えてくれなかったの」

  実家にいなかったとはいえ、自分の知らないところで親の財産移転が行われていたことに、さすがの彼女も驚き、兄に食ってかかった。

  「お前はほとんど家に帰ってこなかったし、おやじの葬式も2日いただけで、すぐに仕事だからと帰ってしまったじゃないか。ゆっくり話す時間もなかったし、興味もないんだろうなと……」

  彼女は帰京後も釈然とせず、読み慣れない相続の本や雑誌を読みあさった。そこで「遺留分」という言葉にぶつかった。相続人である子に、相続財産から最低限確保される財産だという。

  「お兄さん、私にも遺留分があるはずでしょ。今からでも私の分をわけてちょうだい!」

  彼女はすぐに兄に申し入れをしたが、兄の返事はつれなかった。

  「おやじの贈与から10年以上たっているから時効だよ。あの贈与は遺留分の請求対象にはならないさ。残念だったな」

  時効? その理不尽さに、彼女は居たたまれない思いでいっぱいだ。
 
 
一定割合もらう権利がある

配偶者や子ども、親には、遺産を残す側(被相続人)がどのように財産を処分しても、相続財産の一定割合が確保される権利がある。これを遺留分という。

  このケースでは、父と兄、母が、彼女の遺留分を侵害することを承知で生前贈与している。

  それがたとえ12年前のものであっても、父が死亡して相続が発生した時点で、遺留分の権利を持つ彼女が「遺留分減殺請求」をすることができる。

  一方で、兄は生前贈与を受けてから10年以上、不動産を自分のものになったと信じて占有していたため、「取得時効」は成立している。しかし最高裁は、贈与を受けた側が取得時効で所有権を得たとしても、遺留分に関してはなお、遺留分を持つ者に権利があると判断している。

  したがって、彼女は遺留分の限度で財産の確保を主張できる。
 
  筆者:大迫惠美子、籔本亜里