彼女(72)のもとに、聞いたこともない貸金業者から借金取り立ての連絡が入ったのは、半年前のことだった。
「2年前、Sさんに300万円貸したんですが、返してもらえないので、連帯保証人になっているご主人にお支払いいただきたいんですよ」
業者の男は電話口でいきなり切り出した。
「Sさんって誰ですか? 夫が連帯保証人になっているなんて聞いておりません。第一、夫は1年半前に亡くなりました」
「ご主人は亡くなっても保証債務は奥さんや息子さんに引き継がれますから、きちんと支払ってもらいますよ」
しばらく押し問答をするうちに、ことの経過が次第にわかってきた。
Sというのは、一人息子(46)が共同経営している会社のパートナーだった。そのSが300万円を借金するにあたり、息子が連帯保証契約にかかわったらしい。
電話を切った後、彼女はすぐ、夫の遺産を共同相続した息子を呼んで事情を聴いた。
「会社の資金繰りが苦しくなってSが借金することにしたんだけど、連帯保証人が必要だというんで、おやじの名前をちょっと借りたんだ」
彼はことも無げに言った。息子の会社は精密機械の部品を仲介販売していたが、納入先メーカーの厳しい要請で納入価格を低く抑えられ、やり繰りにかなり窮していた。
「おやじの通帳に2千万円あったし、業者の方はおれがおやじの代理人として保証契約を結ぶんだったらSに貸すって言ったんだよ」
「お父さんはいいって言ったの? 確認したの?」
「……」
息子は下を向いてしまった。当時80歳だった夫は病院のベッドに寝たきり状態だった。彼女が声をかけてもほとんど応答できなかったことを考えると、息子は事実上無断で夫を連帯保証人にしていたのだ。
その後も、貸金業者からはひっきりなしに催促の電話がかかってくる。
「早く払ってもらえません? 放っておくと利息もどんどん増えますよ」
業者の口調は回を重ねるごとに乱暴になってくる。
「夫は了解していなかったんです。息子が勝手にやったことで……」
彼女が反論しようとすると男が口を挟んだ。
「事情のわかっている代理の息子さんがご本人を相続したんだから、今ではご本人がやったのと同じ。息子さんが責任逃れできるわけないでしょ」
業者の声が頭から離れなくなり、彼女は眠れない日が続いている。 |
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