遺言が次々に出てきた

半年前、彼女(43)は田舎で暮らしていた父(74)を心不全で亡くした。葬儀が終わって1週間後、兄弟姉妹4人が、母(72)のいる実家に集まった。長兄(46)がみんなを招集したのだ。

  「集まってもらったのはほかでもない。おやじの遺産をどうやって分けるか決めなきゃいけないからだ。そこで、さっそくだが……」

 長兄は胸ポケットからおもむろに1通の封筒を取り出して、みんなに示した。

  「「これはおやじの遺言書だ。平成14年8月に書かれ、おれの家の金庫で預かっていたんだ」

  そう言うと、内容を読み上げた。

   「『預貯金、不動産も含めて全財産の2分の1を妻○○に、残り2分の1については、妻○○を最後まで世話することを条件に長男○○に譲る』。おれが責任をもって母さんの面倒をみていくから、了解してくれ」

  長兄は、目を大きく見開きながら一同を見回した。あらすじの完成した1人芝居を終えて悦に入っている……彼女にはそう見えた。

  「なぜ兄貴が全部? 少しくらい他のきょうだいにもあっていいんじゃないか?」

  弟(41)が不満をもらすと、長兄はなだめるように答えた。

  「「実は、これの1年前におやじは別の遺言書を書いていた。そこには『母2分の1、兄弟姉妹4人で残り半分を4等分に』とあったんだ。でも、最後はおれに任せると言ってきたんだよ」

  長兄は再び、胸ポケットから平成13年に書かれた遺言書を取り出した。

   「お父さんって、何回も遺言を書いていたのね……」

  彼女と一番下の妹(38)が2通の遺言書を机の上に並べて同時につぶやいた。

  すると、それまで黙って座っていた母が「お父さんも色々考えていたんだよ」と言って立ち上がった。奥の部屋へ行き、しわくちゃの封筒を手に戻ってきた。

 「これ、お母さんが4年前に渡されたお父さんの遺言書。読んでごらんなさい」

母は彼女に遺言書を差し出した。そこには、母が2分の1、残りを2人の娘に渡して欲しいと書き記されていた。ひとり身で都会で暮らす2人の娘の将来を、父は気遣っていたのだ。

数日後、父の旧友から実家に連絡が入った。父の遺言書を執行したいと言う。遺言書は去年の秋、父が再入院する直前に書いたものだった。

「『長男○○に託した遺言は取り消し、妻○○に託した遺言を有効とする』」

電話の声はそう読み上げた。
 
 
原則的に最新のものが有効

民法は、前の遺言と後の遺言で内容に矛盾がある場合、その部分については、後の遺言で前の遺言を取り消したものとみなす。取り消された遺言は、その取り消し行為が取り消されたり、効力を生じなくなったりしても、原則として効力は回復しない。取り消された遺言が簡単に復活しては、相続人の間に紛争が起こる恐れがあるからだ。ただし、詐欺や脅迫で取り消された場合は復活する、という例外を設けている。

  では、それ以外のケースでは復活を認めないのか。最高裁は、遺言書の記載に照らし、遺言者の意思が原文言の復活を希望することが明らかなときは、遺言者の真意を尊重して原遺言の復活を認めるのが相当と判断している。

  このケースでは、旧友に託された去年秋の遺言書が、4年前に妻に託された遺言の復活を希望することが明らかなので、妻が持つ遺言が有効なものとして復活するだろう。
 
  筆者:大迫惠美子、籔本亜里