最近、彼女(42)は、夫(47)の様子がおかしいと思い始めている。突然、会社を辞めると言い出した。リストラされたわけでも、新しい事業を起こそうとしているわけでもない。先日の人事異動がショックだったようだ。
「夫は大手メーカーの情報管理部の部長代理で、同期のなかでは出世頭だった。勤勉で仕事もでき、明るい性格で、周囲からも将来の幹部入り間違いなしと目されていた。去年の忘年会で担当常務から「今度は部長だな」と漏らされたこともあって、春の人事異動では、当然「部長昇格」と、自他ともに思っていた。
ところが、ふたを開けてみると夫の昇格はなく、彼より1年下の後輩が部長に登用された。思いがけない人事に彼のプライドは深く傷ついた。
「会社が信じられなくなった。おれは部のため誠心誠意仕事をしてきたし、上司にも尽くしてきた。常務の話は何だったんだ。みんなの目も急に変わり、冷たくなったような、同情されているようなかんじがして……」
夫は会社から帰ってくると、毎晩のように彼女に愚痴をこぼすようになった。
「気のせいよ。そんなことないわよ」
そう言ってはみたものの、夫のこれまでの自信にあふれていた姿との落差が大きく、何と言ったらいいか言葉が見つからなかった。
「いっそのこと、人事担当の役員に話を聞いてみるか。おれの評価はそんなに低いのか。納得できなかったら辞めてもいいさ」
彼は、半ば投げやりに彼女の前で言った。
「辞めてどうするの? 収入がなくなったら、どうしたらいいの? 家のローンもまだ数千万円残っているわよ」
「夫の悔しさを理解したいと思いながらも、高校生と中学生の2人の子どもを抱えながら、家計をやり繰りしている彼女としては言わずにはいられなかった。
「大学の友人がコンサルタント会社をやっていて、この間相談したら、『そんな会社やめてしまえ。おれのところへ来い、重役として迎えるよ』と言ってくれているんだ。小さな会社で給料も減るけど、それもいいかなと思う」
夫は言い出したらきかない性格だ。本当に会社を辞めてしまうかもしれない、と彼女は思った。
夫がストレスをためてふさぎこんでいる様子が手に取るようにわかる。覚悟も必要か。こんなとき何もできない自分までを、彼女は責めずにはいられなかった。 |
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