別居中の生活費払って
彼女(40)は金融コンサルティング会社に勤めるキャリアウーマン。電機メーカーに勤める夫(38)と息子(5)と3人で暮らしていた。仕事に厳しく、自分にも部下にも妥協を許さないタイプだった。夫が自宅で仕事の愚痴をこぼしても、「しっかりしなさいよ。あなたの姿勢が甘いのよ」としかるばかりだった。

  そんな彼女が3年前、担当していた会社のコンサルティングが行き詰まり、激しいストレスに襲われてうつ病になってしまった。医師から入院治療をすすめられ、了解を求められても夫は判断さえできない。それどころか、ここぞとばかりに家を出て行ってしまった。

  結局、彼女は実母の助けを借りて入院。1年間の治療の過程で、彼女はそれまでのかたくなな自分を改めることを学んだ。

  2年前、彼女は仕事に復帰したがまだ無理はきかず、それまで夫より多かった収入は大幅にダウン。彼女は別居してほとんど音信不通だった夫と連絡をとり、やり直すべく同居してほしいと申し出た。しかし、夫は回答を避け続けた。

  「今までが張りつめた関係だったから、彼もゆったりと深呼吸したいに違いない」。彼女は自分にそう言い聞かせ、再び家族3人が一緒に暮らせる日を待つことにした。治療費と収入減で、預貯金はかなり取り崩さざるを得なかった。

  しばらくすると夫から「会いたい」と連絡がきた。期待半ばに待ち合わせた喫茶店に出かけると、夫は言った。

  「つき合い始めた女性がいるんだ。将来は結婚したいと思っている。君には悪いが、離婚してくれないか」

  彼女は一瞬息がつまるのを感じた。

  「もうだめなのね……以前の私だったら『どうぞお好きに』と言ったでしょうけど」

  「…………」

  沈黙が流れた。彼女は夫を引きとめようとは思わなかった。夫が悪いのか、彼女に非があったのかはわからない。ただ、自分が捨てられるような形は、彼女のプライドが許さなかった。

  「ちょっと考えさせて。とりあえず、別居中の生活費くらいいただける? 私たちはまだ夫婦なんだから」
 
 
離婚せぬ限り分担義務ある

夫婦は、共同生活にかかる衣食住の費用や教育費、医療費などの費用(婚姻費用)を、それぞれ分担しなければならない。別居中でも、離婚しない限りは分担義務がある。その場合の分担額は、夫婦の収入や資産その他一切の事情を考慮して決められる。

  「一切の事情」には別居に至る正当な理由の有無や責任の割合なども含まれる。たとえば、夫の収入が妻より多く、夫が浮気をしてほかの女性と暮らし始めた場合、妻は夫と同程度の生活をするための婚姻費用を夫に請求できる。反対に妻が浮気をして家を出た場合、夫の費用分担額は減額または免除される。ただし、養育費分の支払いは免除されないし、婚姻破綻(はたん)の責任を考慮しない判例もある。

  このケースでは、彼女の収入が夫より低く、しかも子どもを養育しているので、彼女は夫に相応の生活費を請求できるだろう。話し合いで決められなければ、家庭裁判所に婚姻費用分担の調停申し立てをして、調停や審判で決めることができる。
 
  筆者:本橋美智子、籔本亜里