お金はないけど穏やかな暮らしをしていた母娘3人の家庭が、ある日届いた1通の手紙で動揺し始めた。
貸金業者からのその手紙には、母娘3人の持ち分で共有財産となっている土地について、抵当権実行による競売を申し立てるとあった。
「競売ってなに?」
大学を卒業したばかりの妹(23)が彼女(32)に尋ねた。
「私たち名義の土地に担保がついていて、担保の原因となっている借金が支払われないので、土地を売って支払いに代えるってことよ」
クレジット会社に勤める彼女は、毎日聞きなれている言葉なので手紙の趣旨は理解できた。
「でも、お母さん、あの土地に担保なんかついていたの? 一体だれの借金なの?」
彼女は母(60)に問いただした。その土地は、15年前に病死した父が、母と娘たちのために残したものだった。小さな変形地で有効な利用方法が見つからなかったので、そのままになっていた。それがまさか貸金業者の担保になっているとは。
「そうね、『あの人』の借金のことかしらね……」
母の返事は要領を得ない。
「『あの人』ってここに書いてあるA氏? この人がこの貸金業者から数千万円の借金をしたとき、私たちが連帯保証人になって、あの土地を担保にしたことになっているわ。だれ?」
母は父の死後、知人の紹介で隣町の商工組合に勤めた。そのとき仲良くなったのがA氏だった。当時A氏は事業を起こそうとしてお金を必要としていた。彼は商売や担保のことなどよくわからない母に、「迷惑はかけないから」と言って自分の借金の連帯保証人になると同時に、彼女たちの土地に抵当権を設定して担保にするよう頼んだ。
母は、当時未成年だった娘2人の持ち分に手を付けることをためらった。しかし、結局A氏の懇請に負け、娘たちの代理人として連帯保証契約を締結し、土地を担保にしたという。
「どうしてそんな大事なことを教えてくれなかったの?」
「すまないねぇ。そんな大変なことだとは……あの人はいい人だと思ったんだけど」
しばらくお付き合いがあったA氏は数年前、突然母の前から姿をくらましていた。 |
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