「おれもこの家の人間だ。話にまぜてもらうからね」
4カ月前、亡父(72)の四十九日も終え、田舎の実家でホッとしていた彼女(31)の前に、彼女の「兄」と称する人物(45)が現れた。
来るなり戸籍謄本を出して、「戸籍上、おれは亡くなったおやじの実子である」と言い、遺産相続を主張してきた。
彼女はひとりっ子であると、ずっと信じてきた。父は業界でも知られた中小企業の創業社長だったので、最初は財産目当ての悪質な詐欺師では、とさえ思った。
しかし、「兄」が出してきた戸籍謄本は本物らしい。
「お母さんも20年前に亡くなっているし、第一、兄さんがいるなんて、両親から何一つ聞いたことがなかったわ」
伯父(74)に相談した。
「黙っていたんだけど、実はお父さんと私には、40年以上前に亡くなった姉がいてね……」
伯父は話を続けた。
「その姉には結婚前に産んだ男の子がいた。姉とその子の父親にあたる人は、男の子が生まれてまもなく事故で亡くなり、男の子の将来を案じた君のお父さんが自分の子として引き取ることにしたんだよ」
彼女は驚いた。
「でも、お兄さんの顔なんて見たこともないわ」
伯父は答えた。
「記憶がないのも、無理はない。君が2歳くらいの時、高校生になった彼はお父さんと大げんかして家出したんだ」
「兄」はその後、東京の夜間学校に通いながら仕事をしていたらしい。でも転々とした彼からの連絡が途絶え、結局、父もあきらめたという。母も死ぬまで心配していたそうだ。
その父も、いつかは彼女に話そうと思っていたが、言い出せぬままだったらしい。
「兄」が家を飛び出した理由については伯父も知らない。どんな原因で、父との間で意思疎通がうまくいかなくなっただろうか。いずれにせよ、家出までした当時16歳の少年の心境は、相当複雑だったに違いない。
思いも寄らなかった「兄」の登場。しかし、いまさら兄といわれても、どう接したらいいのか。遺産分割と言うけれど、彼が果たして「相続人」と言えるのか。彼女は、動揺と不安でいっぱいになった。 |
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