<彼氏のケース>入院で蓄え減っていく

病室のベッドに横たわって外をぼんやり眺めながら、彼(65)は自分ががんだといまだに信じられないでいる。

  ワーカホリックで、酒が強く不摂生だったものの、ついこの間まではいたって健康だった。それが10カ月前、がんと診断され入院し、手術した。

  酒癖の悪さと、長年家庭を顧みなかったことが原因で、2年前に離婚。会社員の長男(25)も大学生の次男(20)も、見舞いにもほとんど来なければ、手術にも付き添わなかった。離婚した妻(64)だけは、長年連れ添った義理からか、時々見舞いには来てくれる。

  「すまないな。長年の行いが悪かったのかなぁ」

  「あんたは大丈夫よ。そんな簡単にはくたばらないから、しっかりね」

  彼の神妙さに対し、元妻は励ましとも気休めともいえない言葉を返してくる。再婚し悠悠自適の生活をしているせいか、深刻さが感じられないのは、逆に彼にとって救いだった。

  経済的にはなかなかきつかった。最初の3カ月は月々およそ50万円のお金が必要だった。国が高額の医療費の一部を払ってくれる制度があるというが、入院している間は申請に行くことはできない。今さら元妻に頼みたくない。6人部屋での入院生活は長引き、気分がすっかりめいってしまった。

  そんな折、医者が回診の際、緩和ケア病棟を紹介してくれた。部屋は南向きで小奇麗、設備も整っている。看護もひときわ行き届き、普通の病室では使えない薬も使えるので、治療中の痛みや不快感も止めてくれるという。彼は気持ちが傾いた。

  「ただ、一部屋が1日1万6千円かかるんですよ。少し条件の悪い無料の部屋もありますが、いまいっぱいで予約が殺到していて空き待ちなんです」

  彼はとりあえず有料の部屋を選び、空きを待つことにした。余命がどれくらいかわからないが、このままの息苦しさでは我慢できなかったからだ。

  先月緩和ケアに移り、おいしくご飯が食べられるようになった。移って20日がたち、出費32万円。蓄えは減っていくが、「なるようにしかならない」と開き直ることにした。
 
 
国の制度や民間保険活用を

健康保険が適用される医療費については、自己負担が一定金額を超えると一部を国が還付する高額療養費制度がある。70歳未満で月収56万円未満の場合、1カ月の自己負担限度額は、医療費から24万1千円を引いた額の1%を7万2300円に足した額。たとえば医療費が100万円なら、自己負担限度額は7万9890円。自己負担は3割なので自分でまず30万円を支払い、そこから限度額を引いた22万110円が後で戻ってくる。

  給付には申請が必要。治療が長期にわたる場合、貸付制度もある。差額ベッドや高度先進医療、食事療法などは対象外だ。

  民間の医療保険にも加入しておけば安心感が増す。健康なうちから家計に計上しておこう。

  緩和ケアは、QOL(生活の質)を向上する。緩和ケアを給付対象に含めているがん保険もある。ただし、がん保険は、退職後も保険料を払い続けていくタイプのものが多いので注意したい。民間保険は多様なので、その内容をよく確認しておくことが大切だ。
 
  筆者:籔本亜里、安田洋子