クビと言われ、思わず…

ある週末の夕方。中堅の食品専門卸会社で営業を担当する彼女(27)が帰社後、伝票をつけていた。すると課長が、あたふたと近づいてきて怒鳴った。

  「得意先のAスーパーから苦情がきたぞ。頼んだはずの食品が届いていないって。B小売店からは、注文した数に足らないとクレームだ!」

  彼女は慌てて伝票を見直し、AスーパーとB小売店に電話をかけて謝った。こんなことは初めてだった。どうして間違ったのか……。原因を探ろうにも、得意先で注文内容を記録した時のことが思い出せない。

  「すみません。うっかりしていました……」

  課長に謝ろうとすると、課長はさらに厳しい口調になった。

  「ここ数カ月、営業成績も下がっているな。外でサボってんじゃないか?」

  彼女にも言い分はあった。最近、同僚が2人辞め、その分の商品搬入の仕事も手伝うようになったため、昼間の得意先回りに割ける時間は少なくなっていた。夜は伝票整理もあった。

  1人で何役もこなさなければならず、体も気持ちも限界に近かった。でも、そのことは言えなかった。

  翌朝、彼女は起床すると、ひどく気分が悪く、激しい頭痛に襲われた。同時に、課長の不愉快な言葉や、馬車馬のように働かせる会社のやり方への怒りがこみ上げてきた。そして3日間、無断欠勤した。

  4日目、気を取り直して出勤した。課長をいちいち気にしていたらやってられない、食べていくには我慢しようと思った。

  ところが、出勤すると彼女の机では見たこともない女性社員が伝票を整理していた。

  そして課長がやってきた。

  「無断欠勤! やる気がないんだから辞めろ、クビだ!」

  課長は、周囲の社員が注視するなかで、彼女を指さしながら怒鳴った。

  気持ちを整理して、もう一度踏ん張ろうと出てきた矢先。彼女は悔し涙を抑えることができなかった。

  「私をいったい何だと思っているのよ! 辞めればいいんでしょ! 辞めれば」

  彼女はそのまま、会社の外へ駆け出していった。
 
 
感情的発言で解雇はできず

退職は、原則として本人の意思表示がなければ成立しない。感情的な「辞めろ」「辞めてやる」という言葉のやりとりだけで、解雇・退職の意思表示と認められるかどうかの判断には、慎重さが求められる。

  「辞めるわ」と感情的な言い方で出社しなくなった社員を、会社側が自己都合退職にしたことに対し、「客観的に、感情的な発言は退職の意思表示にあたらない」との判例もある。意思表示が真意にもとづくか否かは発言や行動、そこに至る経緯などを総合して判断される。

  このケースでは、無断欠勤した彼女に非はあるとしても、就業規則などに無断欠勤に関する制裁(退職)規定がなければ、3日の欠勤を理由に退職させることはできないだろう。

  彼女は「辞めればいいんでしょ!」とは言いながらも、課長から「辞めろ、クビだ」と怒鳴られるまでは気を取り直して仕事をしようとしていた。だから退職の意思を真意とは言えそうもない。よって、彼女を解雇することはできないだろう。
 
  筆者:安田洋子、籔本亜里