9カ月前、彼女(40)の家族は郊外のマンションを売却し、東京都内の一戸建ての賃貸に引っ越した。ローン地獄からの脱出と都心回帰のためだった。
住宅密集地にある築30年の木造だが、家賃は予算オーバー。それでも、小さな庭で、趣味のガーデニングを満喫できる。
引っ越してきて、一つの問題が判明した。家から2メートルのところにゴミ置き場があり、週2回の収集日にはかなりの量の生ゴミが出されて悪臭が漂う。
しかも、ゴミ出しのマナーは悪く、袋が中途半端に縛られているために、ゴミが一帯に散乱することも少なくないのだ。
「引っ越す前に、どうして気づかなかったのかしら……」
ゴミ収集日が来るたびに、彼女は毎朝愚痴をこぼした。
ゴミ置き場を何とか移転できないか――。
ご近所さんに尋ねてみたものの、何年もその場所に慣れて特段困っていない人々には関心の薄い問題だった。
役所に問い合わせると「町内会に相談されてみては」。彼女は早速、町内会長に相談した。
「他に適当な場所がないでしょ。家の資産価値にかかわるから、『うちの前でいいですよ』と気前よく言ってくれる人は、いないでしょうね」
「でも、それじゃ不公平じゃないですか。ゴミ置き場を各家の前で持ち回りにするとか、できないんですか?」
「私の一存じゃ何とも。皆さんに聞いてみたらどうですか」
そのしゃべりっぷりから、会長も本気で相談にのってくれる様子ではない。彼女はいったん引きあげた。
悪臭はやまないが、いまさら数十万円かけて再度引っ越すわけにもいかない。このままでは生活設計が台無しだ。
そこで彼女は、ゴミ置き場の持ち回りを了解してもらえないか、と近所を一軒一軒回って、お願い行脚した。
そして1カ月半、努力が報われ、多くの家庭が持ち回りに賛成してくれそうになった。
彼女は再び会長を訪ねた。
「持ち回りに大半の人が賛成してくれそうなので、町内会の議題にのせてもらえませんか」
「そう。でもうちは賛成しかねるね。他に決めなきゃいけない問題が山積みだから、まあ、次の会合ではどうかなぁ……」
逃げに入った会長を、彼女は怒りのまなざしでにらんだ。 |
|