このままじゃタダ働き

フリーライターの彼女(32)は1年前、居酒屋での出会いから新たな仕事にありついた。

  たまたま隣に座ったA衣料品会社の社長(65)と意気投合し、客に配るカタログ雑誌に「20代の女性の心をとらえるタッチの原稿を」と頼まれた。

  報酬については「初稿を出した段階で30万円、書き直した段階で30万円、それぞれ払う」という。ファッションに詳しいわけではないが、「ポイントについては、会社の顧問のコンサルタントがアドバイスするから心配ない」という社長の言葉に、好奇心も旺盛な彼女はすぐ引き受けた。

  ファッションの雑誌や書籍を買い集め、A社の商品を研究して一心不乱に書いた。

  内容に不安もあったので、社長に紹介されたコンサルタントにときどき原稿をファクスし、相談した。

  電話の向こうのコンサルタントはいつも、「うん、なかなかいいんじゃない。よく勉強しているね」と話すだけで、特別なアドバイスはないが、否定的な意見もない。大丈夫なんだな、とそのまま仕事を進めた。

  4カ月後、コンサルタントのチェックを受けて初稿が完成。A社に原稿料の請求書を送ったが、翌月の月末になっても、いっこうに振り込みはない。

  A社に何度か問い合わせても、「処理がちょっと遅れているので。もうすぐですから……」と経理担当者が繰り返すだけだった。

  別の用件で社長と会った。機嫌よく話はしてくれるが、事態を把握している様子はない。

  「この仕事には相応の時間を割いたので、そろそろ原稿料をもらいたいが……」と困った。

  コンサルタントに相談しても「私はファッションのアドバイスをするだけ。お金は君の問題だし」とつれない。

  そうこうするうちに書き直しも終わった。計60万円の請求書を送ったが、数週間たっても支払いはないし、連絡さえない。

  仕事をもらった関係上、あまり催促めいたことを言いたくはなかった。でも、ここまで来ると誠実に仕事をした自分がバカにされているとしか思えない。彼女は受話器を取り上げた。

  「社長さんですか。お話があるんですけど……」
 
 
支払い督促の制度を使おう

原稿料の未払いなどの場合、金銭債権の回収手段として、支払い督促という制度がある。

  請求金額に関係なく、債務者(相手方)の住所地を管轄する簡易裁判所の書記官に申立書を提出する。内容に筋が通っていれば、書記官は形式的な審査だけで、債務者に支払い命令を出す。訴訟のような費用や時間はかからず、スピーディーに債権回収できるメリットがある。簡裁に支払う手数料は、通常の訴訟の半分だ。

  この督促に対しては、債務者が異議を申し立てることができ、そうなると通常の裁判に移行する。とりあえず異議を出す債務者は多いので、裁判になった場合の心づもりが必要だ。

  このケースの場合は、契約内容や金額自体について相手が争う余地はなさそうだ。

  自力でも十分続けられるが、不安なら弁護士に相談しよう。

  A社の社長が支払い督促に従う可能性もあるし、仮に裁判に移っても、本人訴訟で勝訴判決ないし和解による回収が見込めそうだ。
 
  筆者:大迫惠美子、籔本亜里