通訳と翻訳の仕事をしている彼女(36)は今年2月、中古の一戸建てを購入した。会社員の夫(38)と娘(3)の3人家族には十分過ぎる4LDK。購入に迷いはあったが、今までの借家では資料の置き場もなく、事務所の賃料の高さも考えると、住宅兼オフィスとして思い切ることにした。駅から10分程度の路地裏にあり、周囲には小ぶりの住宅やアパートが立ち並ぶ。
3カ月後、隣のアパートに20歳代半ばの若者が引っ越してきて、彼の部屋から毎日、大きなステレオの音が響くようになった。昼過ぎから深夜0時ごろまで、断続的にボリュームいっぱいに歌謡曲やハードロックが流れるのだから、半端ではない。娘は眠れず泣き叫び、彼女は仕事はもとより家事にも集中できず、ノイローゼ状態。周囲のお宅も同じ具合だった。ついに我慢できず、彼女は近所の女性2人とともに押しかけた。
「ステレオのボリュームを落としていただけませんか。子どもが眠れないし、仕事ができず、体の調子も悪くなるので」
若者は、ボサボサの頭と無精ひげをいじりながら戸口に立った。「あ、そうですかぁ、そうですかぁ」。彼はわかったようなわからないような返事を繰り返すだけだった。
3日ほど平穏な日が続いたものの、4日目に再びエレキギターのステレオ音が彼女の仕事部屋に飛び込んできた。2時間絶叫音が響きわたり、急ぎの翻訳を一向に進められず、彼女のいらだちは頂点に達した。
「いい加減、やめて下さい!」。彼女は単独で押しかけ、半開きになっていた若者の部屋の扉から叫んだ。
「何だよ! 文句あんのかよ!」。若者が友人と出てきてすごんだ。「音楽聴くのはおれたちの自由だろ。うるせえなぁ」
「自由はないでしょ、みんなが迷惑しているんだから。音を下げて欲しいだけなの!」
言い足りない思いだったが、若者たちの様子に危険なものを感じ、その場は引き下がった。
若者の部屋は1階の彼女の仕事部屋から目と鼻の先にある。ふと外を見ると、部屋の窓からこちらを見ている若者の視線とぶつかった。気味が悪い。とうとう彼女は仕事も家事も手につかなくなり、収入も減り始める事態に陥ってしまった。 |
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