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彼女(30)は2年前、フリーの旅行ライターの夫と結婚した。両親は夫の収入の不安定さが気に入らず結婚に反対したが、2人は幸せな日々を送っていた。
ところが半年前、夫が出張中に交通事故に遭い、帰らぬ人となってしまった。35歳だった。
遺体の引き取り、葬儀の手配と、彼女は、よそごとのように思っていたことを一気にこなさなければならなかった。特にお葬式はわけがわからない。だれが呼んでくれたのか、突然現れた葬儀会社の言うままに、式をどうにか終わらせた。
数日後、葬儀会社から請求書が届いた。300万円。その数字に、彼女はまだ悪夢を見ているのではないか、と思った。
「うちにこんな大金ないわ。どうしたらいいの……」
結婚前にわずかながらためていたお金は、新婚旅行に使っており、手もとはほとんどゼロ。
支払いに困った彼女は親に助けを求めた。しかし、もともと結婚を認めず、ほぼ没交渉といってよかった両親は「自業自得だ」と言って相手にしてくれなかった。弟(27)も社会人になったばかりで蓄えはなかった。結婚にただ1人、理解を示してくれた母方の伯父が費用を出してくれて、救われた。
夫が亡くなってから1カ月余り、6畳と8畳のアパートで、お骨を前にしながら、彼女は毎日ため息をついていた。まだ夫が傍らに立っていて、手が触れられるように思えた。
しかし、こうもしていられないと、少しずつ夫の身の回りのものの整理を始めた。
ある日、1冊の日記が机の引き出しから出てきた。そこには、彼が国内外で見てきた人々の暮らしや風土を通して築いた、自分の死生観らしいものが記されていた。
「どんな地位や名誉、財産があろうとも、人はいつか、必ず死ぬ。土にかえるということか。昨日まで談笑していた友達が今日はいないことも。自分は、どんな死に方をするのだろうか……」
その下に「自然葬」「散骨」という走り書きがあった。
「最後の別れはあれでよかったのか。いまから思いをかなえてあげられないだろうか」
彼女はお骨の方に振り向き、考え込んだ。
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